第14回「シン・二ホン」の復活シナリオのために必要なこと


 安宅和人著の『シン・ニホン』という本がある。ビジネス書としては異例ともいえる14万部も売れたベストセラーだ。安宅氏は、マッキンゼーでコンサルタントを行った後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で脳神経科学の博士号を取得。その後ヤフーの役員などを経た多才かつ秀才で、近年は経産省をはじめとする政府の委員の一人として、積極的な情報発信を行っている。


 この本では、現在世界をリードする人工知能(AI)とコンピューティング・テクノロジーの分野で、日本が先進国中、ほぼ最下位のレベルで遅れていること。最も進んでいる中国、米国には到底かなわないこと。この分野を専門とする企業がほとんど日本で成長していないことなどを挙げ、日本が先端分野ですでに「オワコン化」していることが述べられている。実際、最近の新型コロナウイルス接触アプリ(COCOA)の失敗や筑波大学での履修トラブル(https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2104/13/news126.html)などのニュースを見る限り、日本の先端技術は大きく出遅れている感が否めない。


 だが、安宅氏はまだ日本には大きな希望があると主張する。現在の日本の状況は黒船来航時の状況と似ていると言うのだ。


 江戸時代の長期鎖国を経てから、対峙した欧米は産業革命を終えた列強となっていた。しかし、日本はそこからアジアでも最も先進的な国へと発展することができた。そのプロセスを安宅氏は産業革命を例に、以下のように分析する。


 産業革命は3つの段階で進む。

 第1段階:新しいエネルギーや技術の発見(例:石油やモーター技術の発見)

 第2段階:新しいエネルギーや技術の活用(例:自動車や電気や電車の発明)

 第3段階:それらを使った技術や産業が新しいシステムを生む(例:それらを活用した都  市圏の発展、移動サービスビジネス、旅行ビジネスなどの発達)


 江戸幕府末期の開国当時、世界はとうに第1段階を過ぎていて、日本人にはまったくその知識はなかった。だが、それ以降の段階では、日本は世界にすぐに追いつきリードできる存在になる。


 安宅氏は、現在起きているITとAIの革命は第1段階の終わりに来ていると述べている。これから第2段階に入るこのときこそ、日本人が挽回できるチャンスがあると考えているという。

日本人が得意とする「Kaizen(カイゼン)」の見直し


 だが筆者は話はそう簡単ではないと感じている。なぜなら、いまそのチャンスは世界中すべての国のすべての人に同時に与えられているからだ。第2段階に進むためには、第1段階の知識について詳しく学ぶ必要がある。つまり、いまどんな技術があり、どんな資源があるかを詳しく知らなければ、その活用を考えることはできない。


 かつての日本は一部のエリート層がその知識の輸入を行っていた。語学も知識もある専門家が、海外の先端知識を翻訳し、その内容を出版物として一般の人々に日本語で提供してきた。


 その代表的な例が『解体新書』で、前野良沢が中心となってオランダ語で書かれた解剖学の学術書を翻訳し、杉田玄白が江戸時代中期に出版した医学書である。そこで使われている「神経」、「軟骨」、「動脈」といった用語は今日まで使われているくらい、先駆的な翻訳書だった。


 さらに、その知識は多くの人々によって伝承され、日本文化の中で咀嚼(そしゃく)されてきた。解体新書の原作は、ほぼ250年を経た今でも売られており、さらに解体新書出版から50年後、誤訳の多かった原本を、大槻玄沢が訳し直し、『重訂解体新書』として、1826年に「改訂版」を出版している。この改訂版で「結腸」、「鎖骨」といった言葉が初めて使われ、今日に至っている。このように、先達エリートの知識を別のエリートがアップデートする「カイゼン」を重ねて、日本人は日本語で知識を積み重ねることができたのだ。


エリート選抜教育が生んだ盲点


 インターネットのない時代は、どの国もこのような知識吸収を行っていたが、この方法については、日本語の使用が有利に働いた。日本語では漢字を使用するため、単語の当てはめに、漢字の意味を付与することができるからだ。知らない単語でも漢字の意味から推測することが可能になる。例えば「満足」という単語も「満ち」+「足りる」という意味だな、と推測できる。日本語はこのように、語そのものに意味が含まれているケースが多いので、それを逆手にとって、訳語を「意味のある漢字」にすることができる。


 同様のことは漢字文化圏の他の国にもできたはずだ。しかし、中国では最近まで日本ほど積極的には西洋の知識を取り入れてこなかったし、戦後ハングル教育を中心とした韓国では、言語的なアドバンテージを捨ててしまったかのように感じた。


 そのため、欧州を除く非英語圏では日本は他国に先駆けて最新の知識を吸収することができていた。結果として、大多数の日本人は英語が読めなくても、日本語で多くの知識を得ることができるようになっていた。

 だがこの日本型知識吸収システムは、いまは時代遅れになっている。なぜなら、中国も韓国も、台湾も、そしてマレーシアやインド、そしてアフリカの新興国などの多くで、英語を学び英語で情報をやり取りできる人々が増え、彼らが直接ネット上の最新知識を得て、いち早く新しい技術や資源の活用に取り組んでいるからだ。


 インターネットの普及により、この20年で世界に流通する情報量は1万倍に膨れ上がった。そしてその情報は日進月歩、いや秒進分歩でアップデートされている。一部のエリートが翻訳するまで待っていては、情報の更新に追いつかない時代になっているのだ。


 これでは安宅氏のいう「日本の逆襲」は難しいだろう。だが、筆者は別の点で希望を見出している。日本に住む一部の人々、特に若い世代と若い世代を持つ親は、そのことにもう気づいている点だ。そして、意外かもしれないが、文部科学省は早くからこのことに気づいている点である。


一次情報収集のために必要な基礎能力「カイゼン」の急務


 実は、文科省は旧来の日本の教育システムを変えるべく、数年前から多くの提言や試みを行っている。だが現在のところ、残念ながらそれらが功を奏しているとは言い難い。相変わらず受験に勝ち抜いて「一流大学」に入ることをゴールとする教育が続いている以上、高等教育以下の日本の教育のメインは「受験対策」のままのため、それ以外に本当に必要な実践的な教育をやろうと思っていてもできないのだ。

 その実践的な教育とは、世界で発信されている先端情報(ほとんどが英語情報)をキャッチし、自分の中で消化し、自分自身の意見とそれを基にした新しい発想もち、そしてそれを世界に向けて(つまり英語で)発信するための、スキルや方法の習得だ。


 日本人の多くが、現行の日本の教育システムでは世界に太刀打ちできないことを、肌で感じている。だが目の前のシステムが変わらないため、動けないのだ。


 しかし筆者が注目しているのは、それに気づいた人々の中には、日本の教育制度に頼ることをやめて、海外に出る人が増えてきた点だ。大きな意味では筆者もその一人だが(筆者の場合は教育者の立場として日本の教育制度に頼ることをやめた)、海外に母子留学している人などはそうだろう。


 そしてコロナ禍の現在、多くの海外の現地学校が、オンラインで教育ができるように環境を整え始めている。もちろん、実際に現地に来るのが一番だが、オンライン化によって選択が増えることは確かだ。


 安宅氏の未来予想には筆者も基本的には賛成している。そして日本にはまた世界で輝いてほしいとも願っている。そのためには、だが英語で受信発信ができ、世界の人々とコミュニケーションを行える環境が必要だ。一部ではあれ、それを自主的に行おうとする動きが見えているいるのは吉兆だと思う。今後の推移を期待を持って見守りたいと思っている。


渡部幹(わたべ もとき)


モナッシュ大学マレーシア校、スクールオブビジネス 准教授。同校ニューロビジネス研究所所長。UCLA社会学研究科Ph. Dコース修了。社会学博士。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。実験ゲームや進化シミュレーションを用いて制度・文化の生成に関する研究を行っている。主な著書に『不機嫌な職場』(共著・講談社新書)、『つながれない社会』(共著・ナカニシヤ出版)