第13回 コロナが広げる企業格差 今こそ日本に求められる「新・ポジション統制型リーダー」

コロナ禍で否応なしに進むリモート・オペレーション。生産性を問えば浮き彫りになるのが日本と海外企業のビジネススピードの差である。この溝を埋めるために、企業の意思決定システムを早期に見直し、迅速な決断を下せる組織の確立が急務だ。社会心理学者の渡辺幹氏が真摯に提言する。


 先日、興味深い資料を見た。


 コロナ禍において全世界で進んだ働き方「リモート化」に対し、人々がどう反応したかについて、日本の内閣府が日米を比較する形でまとめたものだ。


 それによると、リモート化によって仕事の生産性が上がったと答えたのは、米国で41.2%なのに対して、日本ではわずか3.9%。下がったと答えたのは、米国で15.3%なのに対して、日本では実に82.0%だ。


 つまりリモートワークについての評価は日本と米国では真逆といっていいくらいで、米国はポジティブ、日本はネガティブだ。


 なぜこうなるのだろうか。


スピード重視で先手打てる海外企業 


 その資料では、日本からの回答の中で、生産性が下がる原因の主なものを4つ挙げている。回答率の高い順に並べると次のようになる。

  1. 対面での素早い情報交換ができない (38.5%)

  2. パソコン、通信回線などの設備が劣る (34.9%)

  3. 法令・社内ルールのため、自宅からはできない仕事がある (33.1%)

  4. 上記以外の理由で、自宅からはできない仕事がある (32.5%)

 上記の4つは30%以上の人が理由として挙げているもので、これらが生産性を阻害している主要因といっていいだろう。そのうち2位の理由は技術的なものなので、時間が解決する問題だ。問題はその他の理由、特に1位、3位、4位だ。


 1位の理由となっている「対面での素早い情報交換ができない」は、ある意味不可解といえる。日本のビジネスの意思決定のスピードは米国とくらべても圧倒的に遅いからだ。


 少し前、シリコンバレーでのビジネスカンファレンスでは、日本の企業と会うのは無駄だといわれていた。なぜなら、革新的な技術や新たなビジネスの話を日本企業に売り込んでも、「いったん社に持ち帰らせていただき、検討の上お返事いたします」しか返ってこないからだ。それならばまだいい。「今日のところはご挨拶に伺いましたので、詳しい話はまた改めて…」などといわれたら、外国企業からすると「なんて時間の無駄だ」と感じてしまう。それに対し、中国企業の人々は話を聞いたらその場で決断、契約について話を進める。日本のビジネス慣習は先端分野ではマイナスに働いてしまうのだ。


 にもかかわらず、このような回答がでるということは、「ただでさえ遅い日本の意思決定が、リモート導入によってさらに遅くなる」ことを意味している。なぜこんなことになるのか。


もたつく意思決定プロセス 浮き彫りになる日本企業の弱点


 それは日本組織の意思決定システムが特殊だからだ。他の国のように、意思決定が中央集権化している、あるい権限と責任のあるポジションが明確化されている組織では、そのポジションにいる者が、自らの責任において決断を行う。日本では、形式上そのようなポジションはあるが、実際には、根回しが必要な場合が多い。インフォーマルな合意を得てから、正式な決定を行う。その代わりそれが失敗に終わっても、本来責任をとるべきポジションの人は責任を取らなくてもいい。みんながなんとなく合意して失敗してしまったことを、みんなが知っているので、その人を糾弾するものも出てこない。

 そのようなインフォーマルな根回しを行うとき、文書上の内容だけではないことで合意を得ようとすることも多々ある。例えば「今回は部長の〇〇さんの肝煎りだから、顔を立てて…」とか「予算の都合上、昔からの付き合いのあるところしかだめだから…」といった「内輪の理由」などが、こっそりと伝えられ、勘案される。


 リモートではそういうことができないのだ。日本の組織のコミュニケーションは文書化されているフォーマルな情報と、文書化されていないインフォーマルな情報の両方がみなに共有されて、円滑な合意に至ることが多い。そのため意思決定は、組織内のステークホルダー全員に「話を通しておく」必要がある。それは、コロナ前には喫煙室や給湯室、廊下や喫茶コーナーでも行われていた。


 そして、その意思決定はインフォーマルな根回しだけでなく、稟議という形で制度化されている組織も多い。ただ稟議の際にも、上記のように回ってくる文書の内容だけでなく「内輪の理由」も考える必要があるため、結局は同じ問題が起こる。


 リモートではそういったすり合わせをしようとするとかなり面倒だ。つまり日本型意思決定にとって不利な働き方になる。上記の理由の3位と4位はそのような理由から来ていると思われる。つまり、リモートによる生産性の低下は、組織の日本型意思決定とリモートネットワークの提供する1対1ベースのフォーマルな意思決定方法がそぐわないために起こっていると考えられる。


 本当ならば、組織の意思決定の仕方自体を変えるべきで、すでにポジション統制型のしくみを取り入れている外資系や一部の若い会社は、リモートでもまったく問題はないはずだ。


ニューノーマル下で問われる既存体制からの脱却


 このような日本型の意思決定方式は、日本人の集団主義の表れと思われそうだが、実はそうではない。『ケースに学ぶ企業の文化』(遠山正朗編著)に日本の鉄鋼業界の意思決定スタイルの変遷が述べられているが、それによると戦後すぐは日本の鉄鋼業界の主要な組織は、強力なリーダーが大胆な意思決定を行うという「ポジション統制型」だったが、鉄鋼産業が成熟するにつれ、ここで筆者のいう日本型意思決定(分散型意思決定)に変化してきた。それは、ユーザーの細かなニーズに応え、現場で発生するさまざまな問題に関して、現場で問題解決をするために必要な変化だったと、分析されている。


 問題は、ニューノーマルの元、いまその意思決定方式を変えなくてはならないのに変えられないという現状である。


 筆者が考えるに、一度日本型意思決定にしてしまうと、もうポジション統制型には戻せない「しくみ」がある。ポジション統制型に変えるには、いまの日本型の「根回しと稟議」の中で合意を取り付けなくてはならない。だが、ミドルマネージャーや現場が自分のもっている裁量権を手放すようなことはしたくないはずだ。彼らにとってはそれは既得権益だからである。なので、彼らは根回しに応じないし、稟議でも反対する。つまり一度このシステムにしてしまうと、制度を変えることが難しくなる。


 日本の歴史を見ると、そういう制度が大きく変わるのは、海外からコテンパンにやられたときしかない。一度、全部ぶっ壊れてからではないと、リーダー主導型の組織ができないのだ。


 これが今多くの人が日本に感じている閉塞感の正体(の少なくとも一部)だと筆者は考えている。このことは、海外の組織の意思決定を見ればすぐにわかる。筆者も海外の組織で働いているので、意思決定方式の違いに敏感なのだ。それはマレーシアに住む邦人の皆さんも同様だろうと思う。


 ニューノーマルではリモートワークの重要性はますます高まるはずだ。それに向けて、日本は一度壊れるしかないのか、それとも別の再生の道があるのか、日本の組織に関わる人々は全力で考えなくてはならない時期に来ていると思う。


渡部幹(わたべ もとき)

モナッシュ大学マレーシア校、スクールオブビジネス 准教授。同校ニューロビジネス研究所所長。UCLA社会学研究科Ph. Dコース修了。社会学博士。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。実験ゲームや進化シミュレーションを用いて制度・文化の生成に関する研究を行っている。主な著書に『不機嫌な職場』(共著・講談社新書)、『つながれない社会』(共著・ナカニシヤ出版)

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