タミル系ヒンズー教徒による毎年恒例の祭典“タイプ―サム”が、2020年2月6~8日の3日間に渡り、マレーシア各地で今年も厳か、かつ盛大に執り行われました。
世界的観光名所であるバトゥ洞窟(クアラルンプール近郊)を舞台に繰り広げられた祭りの様子とともに、“タイプ―サム”についてご紹介しましょう。

タイプ―サムとは
タイプ―サムは、ヒンドゥー歴における10番目の月の満月の日に実施される祭典で、毎年1月または2月に開催されます。
信者らは、母である女神パールバティから与えられた槍で悪鬼を倒したムルガン神の誕生日に、この神の功績をたたえるとともに、その力にあやかるべく、身にまとう罪穢れを拭い、己の心の中の悪を制するため、または家族の病の克服などを祈るために、苦行に挑みます。
信者が行う「行」は、頬にステンレス製の串を指す、背中に無数のかぎ針をぶら下げる、重い金属製または木製の装飾であるカバティを担ぐ、または豊かさと繁栄の象徴である牛乳の入ったポットを頭に担ぐなどしながら、当地ならではの炎天下、焼けるような熱さのアスファルトを裸足で数キロに渡り、練り歩きます。時折、支援者らが奏でる太鼓や音楽に合わせて踊ったりしながら歩を進めます。

タイプ―サムに挑む前に
この苦行を乗り切るためには、前もって心身を健全に保つことが必要です。祭典前の48日間は、適量の菜食、禁欲、悪態をつかない、怒らない、イライラしない、床の上で寝ることなどが課され、最後は断食をして当日を迎えます(昨今では健康上などの理由から、調理していない野菜やフルーツ、牛乳は口にしてもよいとのこと)。この準備を怠ると、苦行による痛みは増し、出血が生じると言わています。

銀のチャリオット到着でのろし
2月6日の夜。ムルガン神像を擁した高さ7.3メートルに及ぶ銀色に輝くチャリオット(山車)が、信者らとともにKL中心部にあるスリ・マハ・マリアマン寺院から16キロ先のバトゥ洞窟を目指して出発しました。ジャラン・スルタン、ジャラン・アンパン、ジャラン・イポーを経由して、7日午後、神像がバトゥ洞窟のスリ・スブラマニアン寺院に到着。これが苦行スタートの合図です。

バトゥ川での禊 重責のダンス
熱く長い道のりは、バトゥ洞窟の麓(ふもと)を流れるバトゥ川の川岸から始まります。かつては、誰もが頭を剃り、ここで禊を済ませてから行がスタートしましたが、昨今では衛生上の観点から、岸辺に用意されたシャワー場で水を浴び、社会生活の観点から頭を剃らないなど、現代的なスタイルも増えてきています。しかしながら、今年は従来どおり断食を踏まえ、頭を剃り、川で心身を清める人も数多く見受けられました。

禊のあとは神に祈りを捧げ、行に即した準備が粛々と進められます。頬に串を刺す瞬間には、支援者らが太鼓をかき鳴らして行者を鼓舞。皆が一体となってタイプーサムに向き合います。準備が整うと、いよいよ「重責のダンス」と呼ばれる行者の行進の始まりです。

老若男女を問わず、様々な苦行に挑む
華やかなカバティを担ぐ人々が数多くみられる中、足元では、頭上にココナッツを掲げながら、延々と転がるスタイルを貫くグループも。アスファルトの熱さに加え、三半規管に支障をきたすためか、なんとも表情は苦しそう。大音量の打楽器に支えられて数メートル進んでは休み、休んでは進みつつゴールを目指していました。


タイプーサムは聖なる行進です。カバティを担ぐ人々の中には片足の不自由な男性や、断食とカバティの重みで意識朦朧となる少年、トランス状態に陥る人々もおり、内なる目的のために必死に歩む彼らの姿は、ヒンズー教に対する壮絶なまでの敬虔さを体現しています。
大混雑の中、傾斜の急な272段の階段を昇り切ると、神に近付くための彼らの行はいよいよフィナーレを迎えます。たどり着いた人々の安堵(あんど)の表情。
パワースポットの1つとも称されるバトゥ洞窟は、タイプーサムのこの日、苦行に挑む人々のために、そのパワーを惜しみなく降り注いでいるようでした。

2020年のタイプーサムは、新型肺炎の影響もあり観光客は例年よりもやや少なめで、マスク姿も散見しましたが、バトゥ洞窟の象徴である急峻な階段をカラフルなカバティと行者が埋めつくす様子は例年と何一つ変わらず、かえって、行に挑む人々の揺るぎない信仰心をまざまざと見せつけられました。(取材・文/渡部明子)