特別インタビュー モナッシュ大学マレーシアのコロナウイルス・インフルエンザA研究の第一人者、スニル・ラル教授にインタビュー 

Updated: Mar 18


スニル・ラニ教授(モナッシュ大学スクール・オブ・サイエンス)


「COVID-19は人が引き起こしたもの。人類はウイルス撲滅への努力を怠ってはいけない」新型肺炎(新型コロナウィルス感染症:COVID-19)の傾向と対策



MONASH University Malaysia


 現在世界を震撼させ、パニック的状況を作り出している新型コロナウィルス感染症(COVID-19*)。世界各地における感染者数は増加の一途をたどり、かつ、様々な情報が錯綜しています。どの情報が正しく、またフェイクなのか。その判別が難しい中、この度、コロナウイルスならびにインフルエンザAの専門家で、当該研究分野の第一人者であるモナッシュ大学マレーシアのスニル・ラル教授にインタビューを敢行。これまでのコロナウイルスやインフルエンザとの違い、今後の動向、および我々がとるべき対策などについて話を伺いました。


ーーラル教授、本日はお時間をいただきまして、誠にありがとうございます。さて、先生は現在『Molecular Biology of the SARS-Coronavirus(SARS-コロナウイルスの分子生物学)』の著者として改めて注目を集めておられます。今回の新型コロナウィルスは、発生傾向や症状がSARSと同じ、または似ている、ということがその理由でしょうか?


 野生生物を宿主として発生したコロナウイルス、という点では同じです。インフルエンザウイルスやコロナウイルスなど、ほとんどのウイルスはジャングルに住むコウモリやヘビ、水鳥などを宿主として発生します。鳥類や豚へ感染すると、それらの体内で変異を起こし、人体へ感染する新たなウイルスとなります。その後、人から人へ感染を始めると、SARSや新型インフルエンザ(2009年に流行した豚インフルエンザH1N1など)、今回のケースのように、新しいタイプのウイルスだからこそ誰も免疫を持たないため、一気に感染が広がるのです。「宿主-ウイルス相互関係**」で説明できる、という点では一致しています。


ーーそれでは、今回の新型ウィルスとこれまでに流行したウイルスとの大きな違いはなんでしょう?


 症状がまったくない状態で、人から人へ感染する、という点です。


 例えばSARSのときは、発熱が感染開始のサインでした。「発熱したら隔離する」。それにより、以降の感染を断つことが可能だったわけです。ところが今回は、「感染開始のサイン」がない。つまり、正確な感染把握、十分な感染対策がとれないわけです。それがこれまでとの大きな違いと言えるでしょう。


ーーSARS同様、新型ウイルスは、「ACE2受容体***」を経路として人体に影響を与えるという研究内容が紹介されています。また、このACE2受容体発現量が多い日本人を始めとするアジア人は感染しやすく、今回の新型肺炎にかかりやすいのではないかとの仮説を唱える人もおられます。


 体内におけるACE2受容体が感染経路として用いられることは確かです。しかしながら、現時点では、人種・民族による感染傾向に関する研究は行われておらず、データも不足しているため、「日本人がかかりやすいか」ということは不明です。ただし、日本人がSARSによる深刻な影響を受けなかったことから、受容体のみを見て日本人は今回の新型ウィルスにかかりやすいとは言えないと個人的には思っています。


ーーアメリカでは現在、インフルエンザAによる患者数・死者の数が激増しています。一説によると、今回の新型ウィルス感染患者が潜在的に混じっているのではないかとの意見もありますが。また、インフルエンザAとのミックス感染により、状況が悪化しているのではないかとの記事も散見されます。


 ご指摘のアメリカの状況にについては、まだ推測の域を超えません。インフルエンザ単体ではなく、その他のウイルスとのミックス感染例は珍しくはなく、複数のウイルスが体内で活発化することにより、新たなウイルスが生じることもすでに判明しています。


 また今回、インフルエンザまたは新型コロナウィルスのいずれかを先に感染し、免疫が下がったところに別のウイルスにさらされることで、普段よりも症状が重くなる、または異なる症状が出ることも十分に考えられます。そういう意味では、(上記の意見は)仮説としては正しいでしょう。


ーー武漢から本国へ帰国したインド人数百人が、帰国後の検査で全員陰性だったとされる件について、スパイスなどを多用する食生活に起因しているのではないかとの見解がありますね。


 この件に関しては、世界中で実に大きな興味関心が寄せられていますね。一言でいえば、彼らの免疫力が非常に高かったということです。例えば、日本などの衛生管理が徹底されている国の人々は、非衛生国に暮らす人々よりも免疫力が低いと言わざるを得ず、残念ながらウイルスに侵されやすい傾向があります。今回の場合は、彼らの免疫力が新型ウイルスに負けないほど強かったという説明が最も適しているのかもしれません。


 一方で、食生活も免疫を高める重要なポイントとして、ニンニク、ショウガ、クルクミン(ターメリックに含まれる)を常に食することで、免疫力を高めることができます。ただし、摂取後すぐに効果が出るわけではなく、体内に吸収・蓄積されるには時間がかかります。少なくとも継続して1週間摂取しましょう。


ーー野生生物がウイルスの宿主であるというお話でしたが、家庭のペットが感染源となることはありますか?


 ジャングルから離れて衛生的な環境で暮らすペットは、新たなウイルスを生み出す感染源となることはありません。


 実はマレーシアが発生源となったウイルスも存在します。ニパウイルス(1999年に発生したヒトに急性脳炎を発症させるウイルス)と呼ばれるもので、畜産農場の拡大を目的にジャングルを開拓、そこに隣接して畜産動物を飼っていたことが発生原因の一つです。ウイルスにさらされないために、人間は野生生物とは接点を持たないことが重要だと考えています。

新型コロナウィルスは人災です。人類は、生命を脅かすウイルス撲滅への努力を怠ってはなりません。野生生物と生活テリトリーを分けなければならないことが、今回の件で明らかになったのではないでしょうか。


 なお、野生生物を宿主とするウイルスが人へ感染する一般的な経路は「コウモリやヘビを主とする野生生物⇒鳥⇒鶏・豚(それらの体内でヒトへ感染する新型ウイルスに変異)⇒人」です。


ーーなるほど。農場内の鶏や豚がウイルス感染した場合に殺傷されるのはそのためですね。

そのとおりです。


 今回のケースは野生のコウモリが宿主とされていますが、そこから人への感染経路は、さらなる調査や研究が必要です。


ーー収束の見込みについて、どのようにお考えですか?かつて大流行したスペイン風邪と同じ結末を迎えるのではという悲観的な意見も耳にしますが。


 発生国である中国から、正しい統計数字、正しい状況を入手しない限りは、正しい見込みをお伝えすることができません。また、今回のウイルスの変異スピードの速さから、ワクチンや抗ウイルス薬の生成には時間がかかると見積もられています。


 スペイン風邪と同じという意見についてですが、有効なワクチンや抗ウイルス薬がまだ生成されていないという点では、当時の状況と同じと言えます。しかし、衛生面では、当時と今は明らかに異なります。スペイン風邪と同じだけの感染者数が発生するまでには至らないと見ています。


ーー新型ウィルスは、ウイルス変異スピードが非常に速いとのことですが、SARSやインフルエンザなどと比較するといかがでしょうか?


 正しいデータが手元にないため、今の段階では正しく比較することはできません。しかし、かなり変異スピードが速いことは確かです。


 なお、SARSやインフルエンザなど、長年調査・研究を踏まえ、多くのことが判明してきています。COVID-19についても、今後月日をかけることにより、より明らかになってくることでしょう。



この新聞記事の見出しが地元の人に衝撃。一気に訪日控えムードに


ーーウイルスの発生・増殖の環境についてはいかがでしょうか?SARS、今回の新型コロナウイルスは北半球の冬の乾燥時期に発生し、それらの国で爆発的な感染が見られます。インフルエンザも寒い冬に流行るというイメージです。マレーシアのような高温多湿の国では、さほど恐れる必要はない、という意見も散見されますが?


 実はウイルス自体は高温多湿の環境を好むことがわかっており、その観点から言えば、マレーシアのような自然環境はウイルス天国と言えます。ウイルスの発生自体はいつでも起こり得るものですが、今回のケースはまったくの新型であり、現段階でその季節性をお答えすることはできません。なお、インフルエンザについては、流行時期前の年2回、必ず専門家の間でワクチンに関する議論が行われます(北半球、南半球で流行時期が異なるため、2回行われる)。


 通常ウイルスは、野生生物からヒトへの感染に至るまで、鳥類の糞などを介すことがわかっています。乾燥時期はウイルスを保持した糞が拡散されやすく、また人に関しては寒さで身体の抵抗力が下がることに加え、乾燥により喉の保護機能が低下しているため、感染しやすい状況にあると考えられます。


 なお、人から人への感染が始まった時点で、人体外のウイルス環境はもはや重要ではなく、すべてのウイルスは同じ傾向を辿るものと考えられます。そのため、感染を断つための予防策を講じることが何よりも重要です。


ーー「マスクは意味がない」などの意見も散見します。我々がとるべき正しい対策についてご教示ください。


 まず、各国における「隔離期間14日間」について、十分ではないと考えています。20日以上経過後に発症しているケースが報告されているためです。


 マスクについては様々なニュースが飛び交っていますね。今回のウィルスが空気感染のみで感染すると考えるならば、有効なマスクはN95タイプのみです。また、ウイルスはPM2.5よりも小さいため、N95タイプでも完全に防ぐことはできません。


 しかしながら、今回のケースでは、飛沫感染や接触感染が主な感染要因と言えるでしょう。この場合、通常のマスクでも感染予防は可能で、また、感染した人から非感染者への感染を防ぐためにも、重要なアイテムであると考えています。


 だからといって、マスクのみに頼ってはいけません。うがい、手洗い、手で顔を触らないことがもっとも重要です。ウイルスは付着箇所で(ある程度の時間)生きていることが判明しているため、手の清潔を保つこと(洗うことができない場合は消毒するなど)、および粘膜をウイルスから守るために喉を清潔に保ち、目や鼻に手で触れないことが大切です。


 スーパーで買った野菜や果物についてもしっかり洗いましょう。今の時期は肉や魚のレア焼きや生食を避け、火を加えたほうがよいでしょう。箸を共有しないなど、食事をする際の状況についても考慮したほうがよいでしょう。


 ウイルスが生存しやすい当地においては特に、平らな場所(床、テーブル等)、ドアノブなどウイルスが付着しやすい場所はこまめに掃除し、外出から帰宅後は足を洗うなど、清潔を保ちましょう。ハイハイする赤ちゃんのおられるご家庭では念入りに掃除されるなど、十分にお気を付けください。


 最後に、換気、適度な運動、健康的な生活、健康的な食事を心がけることで、免疫力を高めることがもっとも重要です。


 新型コロナウィルスは、まだまだ不明な点が多いため怖いと考えられがちで、パニックに陥りやすいことは理解しています。しかし、ウイルスという点でいえば、インフルエンザほど致死率の高いものはありません。冷静さを保ち、免疫力を高め、予防を心がけてください。



大学に掲示されているアラート


ーー本日は大変ありがとうございました。


 ラル教授は、「ウイルス発生の原因は常に人間にある」と幾度も言及。人の生命を脅かすウイルスを断つには、人間は自然や野生生物を尊重し、この地球上で上手に共存していかなくてはならないと力説されました。ウイルス撲滅を真摯に追求される教授は本インタビュー後、シンガポールでのCOVID-19対策委員会に出席するため、マレーシアを出発されました。(取材・写真/渡部明子)




* 世界保健機関(WHO)は新型コロナウィルスによる病気の名称を「COVID-19」に決定。「コロナ(Corona)」「ウイルス(Virus)」「病気(Disease)」の頭文字と、本疾患が最初に報告された「2019年」の組み合わせから成っている。なお、新型ウイルス自体の名前は、国際ウイルス分類委員会(ICTV)によって「SARS-CoV-2」と正式に名付けられた。


**  ウイルスは通常、自然宿主(今回のケースではコウモリと推察される)の中では高い病原性を示さず、宿主の体内で折り合いをつけているが、この均衡が崩れ、ウイルス側に偏ることで高い病原性を発生すると考えられている。ウイルスが感染・増殖を繰り返す過程で、他種の宿主に寄生する間、子孫ウイルスが正確に複製されないケースが発生。これを”ウイルス変異”と呼び、今回のようにヒトに爆発的な感染を引き起こす病原性の高いウイルスへと変異することがある。ウイルスと宿主が体内で攻防を繰り返した結果で「宿主-ウイルス相互関係(または相互作用)」と表現される。


*** SARSならびに新型コロナウイルスは、ウイルス表面のスパイク蛋白質が、ヒト細胞上のアンジオテンシン変換酵素II(ACE2)受容体に結合することでヒトの細胞質内へ侵入、感染すると考えられている。



© スダマカンマレーシア情報. For Your Media, Corp. All rights reserved.