激動の時代を生き抜く人材の輩出が急務 国際バカロレア(IB)プログラムの魅力を再考する 

新型コロナウィルスのパンデミックにより、今、世界の教育システムは崩壊の危機に直面している。その中で今、注目を集めているのが、国際バカロレア(IB)教育プログラム。新時代のリーダーを育てるべく教育界に挑み続けるIBプログラムは、混迷する時代の布石となるか。



 新型コロナウイルスにより、政治・経済・社会・制度・個人の生活に至るまで、世界は一変した。人々の生き方だけでなく、思想や考えなどのメンタルに至るまで、ありとあらゆるものが新展開を迎えつつある。我々は、この新しいウイルスとの共存を覚悟し、未知なる展開に向けてしっかりと舵をとっていかなければならない。

 教育現場もまた大きな影響を受け、混乱の最中にある。卒業要件や入学資格(出願資格)、受験の仕組みや入学時期、教育システムなど、すぐには変更しがたい枠組みの中、世界の将来を担う世代を正しく導く方策を各国政府、教育関係機関は模索し続けている。


 「広く緑豊かな構内、充実した施設」、「教員は全員ネイティブ」、「修学旅行は海外」、「ボランティア活動やインターンが必須単位」といった、かつての魅力的な学校宣伝フレーズは、オンライン授業下ではすっかり色褪せてしまった。この急激なうなりの中、マレーシアのみならず、欧米各国の学校は軒並み、教育システムの崩壊に直面しつつあり、それに伴い子どもを持つ世帯が学校に求める教育価値が、急激に変化し始めている。


人を育てるIBに熱い視線 


 そんな中、今、国際バカロレア(IB)教育プログラムが改めて注目を集めている。


 新型コロナウィルスのパンデミックによる各国政府の外出禁止措置導入で、オンライン授業が日常化したことで、従来学校で提供されてきた知識伝授型・暗記型授業は、YouTubeでほぼ補うことができることが周知されつつある。それほど昨今のウェブ上の無料教育コンテンツは充実してきてた。だからこそ、今、学校に対する期待が「知識の植え付けではない何か」にシフトしつつあるのだ。


 マレーシアではオンライン授業が始まって3カ月を迎えた。この環境下で、IB教育プログラム実施校は平常時と同様の成果を出しているという。煙害による学校閉鎖時など、これまでもオンライン授業が実施されてきた経緯もあり、スムーズな移行・成果に繋がったのかもしれない。またそれ以前に、2019年11月に米イエール大学で開催されたワールド・スカラーズ・カップ(*)決勝大会で、マレーシアIB校所属の中学生が金メダルを獲得したことも注目を集めた理由の1つだろう。

 なぜ、IB教育プログラム実施校がこの状況下で成果を出せるのか。IB認定校のプログラムコーディネーターや、子女をIB校に通わせる父兄へ話を聞いた。


そもそも、IB教育プログラムとは


 IB教育プログラムは、政治的・商業的利益から独立した非営利団体である国際バカロレア機構が提供する教育プログラムで、国公立、私立、インターナショナルスクールなど学校規模に関わらず、機構から認定を受けた学校で受けることができる(プログラムやカリキュラムは定期的な見直しが行われ、その見直しプロセスは機構と学術団体双方による研究に基づき、多様な文化や背景を持つ教育者が参画し、具体的な開発過程においてはプログラムを指導する教員が重要な役割を担っている)。


 IB認定校が価値を置く人間性は、「探求する人、知識のある人、考える人、コミュニケーションができる人、信念をもつ人、心を開く人、思いやりのある人、挑戦する人、バランスのとれた人、振り返りができる人」の10の人物像として表される。これらの人物像を体現する学習者を育成するため、IBでは年齢に応じた4段階のカリキュラムが組まれている。

*マレーシアのIB認定校は、合計36。PYPプログラムを提供する学校は10校、MYP提供校は21校、DP提供校は20校、CP提供校は1校である。<2020年6月8日現在>

*日本のIB認定校は、合計79校。PYP提供校は40、MYP提供校は19校、DP提供校は51校、CP提供校は0である。<2020年6月8日現在>


 各プログラムでは、複数の教科横断的(資質・能力を育成する)テーマに基づき、従来の教科の枠を超えた学習を展開している。例えば、PYPプログラムにおける教科横断的テーマは6つある。


「私たちは誰なのか」

「私たちはどのような場所と時代にいるのか」

「私たちはどのように自分を表現するのか」

「世界はどのような仕組みになっているのか」

「私たちは自分たちをどう組織しているのか」

「この地球を共有するということ」 


 英語の授業を例にとると、各テーマに関する文献や記事をもとに学び、単語テストでは関連する専門用語が出題される。算数、理科、社会、音楽、体育の授業においても同様に、テーマに基づく授業が一貫して実施される(MYP、DP、CPについても、それぞれ横断的テーマを有し、同様に実施されている)。


 さらに、IBプログラムでは複数言語での学習が必須だ。異文化への理解と敬意を育み、自分の言語、文化、世界観が数ある中の1つでしかないことを理解する助けになるためである。


答えは一つではないということを具体的に認識するアプローチ


 実際のところ、上記10の人物像を小学課程から育成することは可能なのだろうか?具体的にどんな授業が行われているか見てみよう。当地マレーシアのIB認定校に子女を通わせる父兄から、具体的な授業内容について話を伺い、子女がPYPプログラム1年生の算数の授業で「集合」について学んだときの例を紹介する。

課題:次に示すものを、「丸いもの」、「食べられるもの」に仕分け、ベン図(複数の集合の関係を図で表したもの)を完成させなさい。

単体の皿、飛行機、くし形に切ったスイカ、ブドウの房、切り分けたケーキ、丸い皿に盛られた野菜などが具体的に示された課題


 決して単純な課題ではないことに気づかれることだろう。飛行機は明らかに丸くなければ、食べ物でもない。ベン図の外に置かれるものだ。しかし、くし形に切ったスイカはどうだろう。スイカ本体は丸いが、くし形のスイカをどう捉えるべきなのか。ではブドウはどうか。各粒は丸いが、ブドウの房は決して丸くない。丸い皿に盛られた野菜はどうだ?盛られた野菜は丸くないが、皿は丸い。これらの物体をどの集合に収めるべきか、頭を悩ませながら回答せざるを得ない課題だ。


 この課題を通して子どもたちは、正解は1つとは限らないこと、多方面から物事を見ること、人にはそれぞれの考え方があること、人の意見に耳を傾け、その意見を尊重することの大切さを「算数」の授業を通して学ぶというわけだ。


 次に、PYPプログラム3年生の体育の授業の宿題を紹介しよう。


課題:10メートル先に設置したバケツに、テニスボール大のボールを投げ入れてみよう。うまく入らない場合は、距離を縮めてもよい。ただし、バケツに入れることを目標に努力し、どのようにしたら入るか、成功した場合はその要因を述べなさい。


 10メートルといえば相当の距離だ。テニスボール大の小さな玉を投げ入れるのは簡単ではない。案の定、いきなり10メートルの距離から投げてもボールは入らなかった。そこで距離を縮めてみたところ、5メートルからであれば容易に入れられることに気付いた。そこから、6メートル、7メートルと距離を徐々に伸ばしていくうちに、投げるフォームやスピードの重要性に気づき、最終的には10メートルの距離からの投げ入れに成功する。


 トライ&エラーを繰り返す中で、身体能力を高めるだけではなく、問題を認識し、その解決方法を探るというステップを必然的に学ぶ仕組みである。


能力よりも、学びから実践までの一連の流れを評価する


 評価は、全教科においてテーマごとに細分化された評価基準が設定され、基準ごとの点数の合計が総合判定につながる仕組みとなっている。細分化された評価基準に対し、「知識や概念を理解し、その技術を実際に応用する」スキルレベルを8段階で評価し、その合計数値を総合7段階評価に当てはめる。さらに、調査能力、自己管理能力、社会的能力、コミュニケーション能力、論理的思考力に対する、教員ならびに本人による自己評価が加わる。

実際に評価レポートを目にしたところ、総ページ数は10枚以上に及び、各教科担任によるコメントには傾向と対策が含まれるなど、非常に充実している。


 特筆すべきはその評価基準で、例えば体育の授業では、早く走るなどの身体能力の評価は全体の1/3以下。「スペースや人との距離を安全かつ的確に判断し、器具を適切に用いることができたか」、「仲間を鼓舞し、チーム全体を盛り上げたか」、「役割や責任をチーム全体で共有する努力をしたか」、「言語や非言語でのコミュニケーションを用いる努力をしたか」など、個人の判断能力から社会性に至るまでを細かく評価する。

これにより、教科ごと、また全教科を通した子どもたちの豊かな個性や思いがけない能力の発掘につながる。


 人を重視するプログラムが充実している一方で、計算問題などスピードや正確性が求められる従来型の筆記試験などを受ける場合は、各自で日々訓練をするなどして取り組む必要があるかもしれない。算数では、九九の練習や一般的な計算問題に時間を割かないためだ。また歴史は、全体の流れを、年代を追いながら学ぶというわけではなく、テーマに沿った取り組みを行うことが多い。体育についても、基礎体力向上に割く時間は短い。


 IB教育における低学年の算数の計算授業では、まずは解が示され、「その解を求める式を作りなさい」という課題が出される。解は1つ、その式を記入するスペースは、A4ペーパー1枚全体に及ぶ。足し算、引き算、掛け算、割り算、複合式など、思いつく限りの式を書かなければならない。


 歴史については、各横断的テーマに即して学ぶわけだが、「地球を共有するということ」のテーマの下では、我々を取り巻く環境問題を考える上で、産業革命や、各テクノロジーを発明した人物を学ぶ。


失敗から立ち上がる力をー「IBは教育とは何かと考えた時の選択肢」

 マレーシアでは比較的早い段階にIB教育プログラムに特化した学校として誕生したフェアビューインターナショナルスクール(Fairview International School)のスバン校(Subang Campus)に子女を通わせるリー氏は、当スクールを選んだ理由を次のように語る。


 「知識は今や家庭で学ぶことができる。知識を提供するところではなく、教育の場としてIBを選択した。また、IB理念はすぐに根付くものではない。長年の経験やロールモデル(先輩の存在)が必要だ。また教育効果に目を向けると、小規模な学校が良い。これらの理由から、当スバン校を選んだわけだが、この選択は正しかったと考えている」。

 また、同校のPYPコーディネーターを務めるランジャナ・シャタベディ氏は、IBシステムのメリットを次のように述べる。


 「故コービー・ブライアント氏(NBAに殿堂入りしたプロバスケットボール・プレイヤー)の語録に、『失敗がどういうものかを味わったら、次は成功を追い求めるようになる』という言葉があります。IB教育は、失敗から立ち上がり、成功に向けて努力する、まさにこのような生徒を育成します。IBとは数ある教育システムやプログラムの中で、独自のリーグを形成していると考えています。我々は1つの皿に情報を盛沢山のせて提供するようなことはしません。大きな課題に対し、自らで最も小さな単位に分解し、情報収集・分析し、批評的思考を養います。また、子どもたちには『先生に答えを尋ねてはいけません。答えは決して1つではなく、正しい答えというものなく、先生の答えに頼ってはいけないからです』と伝えています」。


 同氏はまた、他の教育システムは、主に記憶が求められる内容や情報を提供しているといい、IBとの違いを強調する。


 「記憶型とIBプログラム、どちらがアクセルを踏み込んだ時の加速スピードが速いでしょうか。また、IBの生徒たちは、自ら時間管理しながら課題を進めなければならないほど、多くの課題を処理します。このスキルは、大学のみならず、実世界でも大いに役立ちます」(シャタベディ氏)。


 また、世界各国の大学では、教員を始めとする入学担当者にとって、各国独自の教育・試験制度に基づく学生の能力を正しく判断するのは至難の業だ。「世界共通プログラムで学び、世界共通の評価基準に基づくIBの生徒たちに対する入学判断は比較的容易であることも、IBが世界的に評価される要因の一つ」と、シャタベディ氏は語る。


独立して学ぶ姿勢 IB教育は突破口となるか


 IB=「独立して学ぶ力」。オンライン授業下で通常と変わらぬ成果を上げているのは、IB教育では、この力が養われているからだろう。

 上記同校のPYPでは、卒業課題の研究発表会が例年通り6月に行われるという。数カ月間各自で着々と進められてきたため、発表日時には特段の変更はない。ただ、今年はバーチャルでの開催になるという。

 正解の見えない先行き不透明な時代に求められる能力とは、周辺状況を冷静かつ迅速に見極め問題を見出した上で調査・分析し、指針を打ち出す力。短中長期的な計画を策定し、時に軌道修正しながら着実に進む能力であり、生きる力、スキルだ。独立して学ぶことができるなら、独自で充分に開発し、発揮できるだろう。


 もともと独立して学ぶ力、批評的思考力があり、自ら問題の所在を明らかにし、解決する能力のある子どももいる。ブレない強さや自分を信じる力のある子どもにとっては、教育プログラムの違いは関係なく、もはや学校に依存する必要もない時代が訪れたとも言えるだろう。


 だが、私たちは人との関わり、社会に交わり様々なことを学んでいく。この社会を作るのは人であり、人によって文化や歴史が築かれていく。だからこそ今を紡いでいく人材の育成=教育が必要だ。その意味でも、人を育てるIB教育プログラムは、新型コロナウイルスによる新常態(ニューノーマル)の世界を迎える上で、新たな突破口になるかもしれない。(取材・写真/渡部明子)


ワールド・スカラーズ・カップ決勝に進出し、複数科目で金メダルを獲得したローニス・マニュエル君(マレーシアIB校中等課程在籍)


*ワールド・スカラーズ・カップとは:世界各国の中学・高校生が総合的な教養を競う大会。国内大会、世界ラウンド、決勝大会が開催され、世界中から毎年2万人以上の生徒が参加する。科目はスペシャルエリア(毎年変わる特別科目)、科学、歴史、文学、音楽・美術、社会の6教科。リサーチに基づいたディベート・エッセイ・ペーパーテスト・クイズの4種目の総得点を競う。





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