渡部幹の「ニュースで心理学」第8回 厳しい環境下も自分を磨き、チャンスを掴む向上力を

Updated: Oct 16


新型コロナウィルスによる第2、第3波の襲来にさいなまれる中、企業の経営環境は悪化の一途をたどり、生き残りをかけた熾烈な戦いが個人レベルで始まっている。長引くコロナ禍で生き残るためには何が必要か。厳しい環境で切磋琢磨するべく、自らを磨くための努力を。社会心理学者の渡部幹が今を生きる人々へエールを送る。





 所用と休暇を兼ねて、ペナン島に旅行をしてきた。かつて「東洋の真珠」と呼ばれたこの島は、中華系マレーシア人が多く住み、ブリティッシュ・コロニアル(様式)の名残をとどめている。そのエキゾチックな街並みに加え、中華寺院やかつてこの土地が古都であったことを醸す景観が織りなす数々の通り、そして食べ物が美味しいことで知られるマレーシア有数の観光地だ。島といっても、本土から橋が架かっているので、車で行ける。KLから4時間ほどのドライブなので、地元の人もよくペナンに遊びに行く。だがコロナ禍のせいで、日本同様にマレーシアでも旅行業界は青色吐息だ。観光客依存度の大きいペナン島は特に深刻らしい。そんな中、家族の都合や仕事の関係で、ペナンに行く用事ができた。折角の機会なので、まだ移動制限が厳しくないうちに遠出してみようと思った次第だ。


 早朝にKLを出て、イポーを抜け、昼までにホテルにつけるように車を走らせた。本土からペナンには2本の橋が架かっている。ひどい時には橋を渡るのに6時間以上かかることもあるというので、できるだけ空いている時間帯に橋にたどり着けるように計画を組んだ。幸い渋滞に巻き込まれることなく、スムーズに橋を渡ることができたが、その時の印象や「結構それでも混んでいるなあ」というものだった。もうちょっと車の数が増えれば渋滞になるであろうの込み具合だったし。実際、橋を抜けて島に入ると道が狭くなるので、小規模な渋滞には幾度かぶつかった。

 コロナの影響を目の当たりにしたのは、その後だった。普段ならにぎわっているはずの、街のホーカーセンター(屋台街)が丸ごとゴーストタウンのようになっていたり、大規模なホテルが閉館して廃墟のようになっていたりと、車窓から眺めるだけでも、経済的打撃がいかに大きいかわかった。

 筆者はペナンの中心地であるジョージタウンからは、少し離れたリゾート型ホテルに滞在し、いくつか仕事もあったため、ほぼホテル内で過ごした。その間、ジョージタウンに行ってきた家族によれば、観光客でにぎわっているはずの場所には全く人気がなく、通りは閑散としていたそうだ。もちろんペナンだけが例外ではないのだろう。マレーシア、いや日本を含む世界中の観光地がそのような状況に苦しんでいる。その兆候は随所に見受けられた。滞在したホテル周辺の、いくつかのホテルは既に閉館されていたし、ホテル内にあったレストランは2軒のみ、ずいぶん少ないなと思っていたら、コロナ禍で閉店したレストランがあり、そのスペースをリノベートしたのだという。


 滞在期間中、土日はかなり多くの宿泊客がいて、プールやレストランもかなり賑わっていたが、平日になると潮が引くように客数は少なくなった。ソーシャルディスタンスをとるには申し分ない環境だが、ホテル側からすると、喜べない状況だろう。現地では人気の高いホテルでさえ、コロナ禍ではかなり苦戦していることが感じられた。


 だが、そんな中で感銘を受けたのは、ホテルで働く人々の懸命さだ。ハウスキーパーの方々は挨拶を欠かさず、いつも笑顔で、ときにこちらのイレギュラーなお願いも聞いてくれ、レストランのサーバーは、友人がこっそり持ち込んだ食事を一緒に取りたいという”わがまま”に応えるべく、目立たない席に案内してくれたりした。全体的にサービスの質は高く、とても気分よく過ごさせていただいた。


 特に印象深かったのは最終日の夜、夕食後に友人家族とともにロビーのカフェ兼バーでくつろいでいた時のことだ。そこのバーではその前の日に、食後のカクテルをいただいたのだが、それが大変美味しかった。キャラメライズド・ドライフルーツを自家製で作っていたり、レモンティーのベースを紅茶でなく中国茶で作るうえに、ミキサーにかけて十分に泡立て、マイルドな風味にしてくれたりと、こだわりと工夫が見受けられた。


 その前日での経験があったので、再びカクテルをお願いした。ところが、前日カクテルを作ってくれた女性バーテンダー2名がその日はおらず、若い女性バーテンダーが一人で担当していた。ともかく友人とともにダイキリ(ラムとコアントローとライムジュースをブレンド)という定番カクテルをお願いしたのだが、これが、あまり美味しくない。カクテルは、水っぽくしないためにシェイクする直前に氷を入れ、シェイク後すぐに注がなくてはいけない。予想するに、シェイクしてから入れるグラスを探しはじめてしまい、その間にカクテルは水っぽくなってしまったのだろう。味も、水っぽいだけでなく、甘い。そもそものレシピが筆者には甘すぎた。それでも、まあ仕方ないか、と思っていた時、そのバーテンダーさんが尋ねてきた。


「お味はいかがでしょうか。カクテルを作るのは慣れていなくて」


 正直に、だが失礼にはならないように気を付けて、感想をお伝えすることにした。上記に加え、できればグラスとリキュールをあらかじめ冷やしておくことなども伝えた。そうすると彼女は「もう一度作らせてください。お代はいただきませんので」、と言う。


 少しびっくりした。マレーシアではそんな経験をしたことはなかったからだ。ありがたい申し出に、いいの?と聞き返すと、「もう一度、つくらせてください」と言う。では、お願いします、と承諾して10分後。


 出てきたダイキリは見違えるほど美味しくなっていた。僕と友人は少し興奮して、そのバーテンダーさんを誉め、御礼を申し上げた。彼女もとても嬉しそうだった。


 その後、友人とともにもう一杯カクテルをお願いしたのだが、その時には最初から彼女は詳しいレシピと作り方を聞いてきた。その通りに作ってくれ、僕と友人はとても楽しい時間を過ごさせていただいた。聞くと彼女の旦那さんも近くのホテルに勤めており、2人してサービス業を頑張っているということだった。


 正直、マレーシアでここまでの人を見たのは初めてだった。客のフィードバックを即座に反映して、スキルを磨き、自らのサービスを向上させようとする人は、日本のサービス業ではしばしば見かける。だが、マレーシアで初めてだった。


 多分、この厳しいコロナ禍の状況では、そのような自ら向上できる人がチャンスをつかめるのだと思う。逆に言えば、そういう人でないと生き残れない時代になってきたのだろう。特にサービス業にはその傾向が強いと思う。ホテルのサービス全体がいい、と感じた背景には、たぶん「そういうサービスのできる従業員だけが残った」という厳しい現実があるはずだ。

 そして、今やそれはサービス業にだけ求められるものではない。大学でオンライン授業をしていると、対面授業の時に比べ、学生個人で勉強をしてもらわなくてはならないことが格段に多くなる。もちろんその中でどう効率的に授業を進め、学習目標を達成するかは授業をする側の手腕にかかってはいるのだが、最終的にはどれだけIndependent Learner(自分で学ぶ者)として学生が頑張ったかが成績を決める。その比重がとても大きくなっている。言い換えれば、自主的に勉強する学生とそうではない受け身の学生の格差が大きくなっているのだ。


 このコロナ禍、世界中でこういうことが起こっている。自分の価値を高めるために、自分を常に向上させる工夫を続けることが、今一番必要なことだ。そのためには、自分のやったことのリフレクションや自分のモティベーションを自分で維持するなど、さまざまな自己管理術が必要となる。


 その術を子供たちに教えていくこと、そして私たち自身もそれを実践することが、将来にとって重要なのだと、筆者は思う。


渡部幹(わたべ もとき)

モナッシュ大学マレーシア校、スクールオブビジネス 准教授。同校ニューロビジネス研究所所長。UCLA社会学研究科Ph. Dコース修了。社会学博士。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。実験ゲームや進化シミュレーションを用いて制度・文化の生成に関する研究を行っている。主な著書に『不機嫌な職場』(共著・講談社新書)、『つながれない社会』(共著・ナカニシヤ出版)

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