渡部幹の「ニュースで心理学」第6回「コミットメント文化」の終焉 新時代を生き抜く術ー半沢直樹が報われる日本社会を創るために

 時代は急激な変革期を迎えつつある今、企業も人も激しい生存競争に苛まれている。この状況を打破するべく、企業はこれまでの常識を覆す変化に対応する体制づくりが急務だ。その一方で「個人レベルでの意識改革を」と社会心理学者の渡部幹氏が檄(げき)を飛ばす。



 今は海外に住んでいても、日本でのメディアをほぼリアルタイムに見ることができる。筆者が初めて海外で暮らした25年前とは大違いだ。今では世界の大抵の場所で、日本のドラマや映画などを視聴できるので、情報の授受という観点でみれば、日本の生活とほぼ変わらない。


 そんな中、今話題の「半沢直樹」の続編を筆者も楽しみにしている。2013年に第1期が放送されたときには、マレーシアに赴任する直前だったため、後からDVDで見た。最終回では平成ドラマの最高視聴率である42.2%を記録しただけあり、抜群に面白かった。


 その続編についてだが、これが面白い。ただ、前作から7年、今回の原作小説(『ロスジェネの逆襲』)の執筆時期から数えれば10年の歳月が経った。その間、日本の企業や組織、そして人々のマインドにも変化が起こっているように思う。


 ご存じの方も多いと思うが、半沢直樹は、メガバンクを主舞台に、主人公の半沢が、他人を蹴落として出世や手柄をもくろむ同僚や上司を相手に正義を貫き、不正を暴いていくという物語だ。そのプロットは7年前の第1期も、現在の第2期も変わらない。そして彼のピンチというのはいつでも「左遷されるかもしれない」可能性だ。


 「銀行は人事がすべて」「片道切符の島流し」という言葉が頻繁に出てくる。悪役が人事をタテに、敵に裏切りをそそのかす場面も多い。


 しかし、筆者は思ってしまう。「そんなに酷い職場ならば転職すれば?」と。


 同じ感想の記事が先日、ダイヤモンドオンラインにも載っていた。北欧など労働流動性の高い地域では、自分に合っていない職場だと思ったら、人々はすぐに辞めて新しい職場を探す。そしてそれを支援するための環境も整っている。キャリアチェンジに必要なスキルは社会人であっても気軽に学ぶことができ、そのための授業料にも公的機関からの支援がある。


 半沢ほどの実力があるならば、外資系金融にでも転職したほうがよほどストレスもなく、キャリアアップできるはずだろう。ダイヤモンドオンラインの記事にもある通り、原作では、ロストジェネレーションの森山の目を通して、旧態依然とした日本の組織にたいする批判がなされているが、ドラマではそのような俯瞰的な目はない。


 だからドラマだけを観ていると、半沢の胸のすくようなやり方に溜飲を下げる一方で、「ここまでして組織に固執する意味はあるのかな?」と思ってしまうのである。


日本の高度成長期を支えた「コミットメント文化」


 このドラマのように、最近まで日本では「個人は一旦組織に属したら、そこに忠誠を誓うべき」という前提が文化として根付いていた。社会心理学者の山岸俊男氏は、これを「コミットメント文化」と呼んだ。この文化に生きる人々は、人的ネットワークや所属先の関係を深め、維持することに執着し、新しい関係を結んだり、所属先を変えたりすることには慎重になる傾向を持つ。


 21世紀になるまで日本の離婚率や離職率が世界平均に比べて低かったのも、コミットメント文化の特徴だ。そして戦後の高度成長期にはそれは国全体の経済にとって良い方向に働いた。所属した組織で理不尽なことがあっても我慢し、組織や上司のために働けば、終身雇用制と年功序列制の恩恵を得て報われた時代だった。


 しかし、今世紀に入ってから、徐々に状況は変わってきた。終身雇用制と年功序列制という、コミットメント文化を支えてきた制度が崩壊し、若い世代は「組織の中で、我慢していれば報われる」という希望も持てなくなっている。


 その主な原因は2つある。一つは日本の人口構成比の変化だ。戦後から昭和60年くらいまでは日本は、大まかに言えば年長者が少なく若者が多い三角形型の人口構成だった。当然会社組織もそうなることが多い。


 会社からしてみれば、終身雇用にして、若い世代に安い給料でたくさん働いてもらい、シニア世代には功労的な恩恵を与える年功序列を導入することで、若い世代に「我慢していれば報われる」と思わせることができ、かつ組織全体の生産性を上げることもできる、よい仕組みだった。高度長時代という僥倖(ぎょうこう)もあったため、我慢して働いた人々は実際に昇進、昇給することができ、報われた。そしてその働き方が日本の文化として根付き、それに伴い社宅、社内ローン、各種手当など「生涯ひとつの会社で働く」ことを前提とした制度も発達した。昭和型組織と昭和型制度である。


人口減少時代の到来 変わる会社人生


 しかし、2000年代に入り人口構成比が逆三角形型に近づくと、その制度は維持できなくなった。ちょうど成果主義などが叫ばれたのも、その時代だ。だが、すでに出来上がった日本企業の様々な制度や文化はその変化に対応し切れずに、今日まで来ている。


 もう一つの原因は、グローバリゼーションとIT革命だ。グローバル化の加速によって、労働人材の流動性は格段に高くなった。またどこにどんな才能を持った人がいるか、という情報も簡単に手に入る。世界を駆け巡る知識と情報の量が爆発的に増えたため、いやでも世界市場の中の己の立ち位置がわかる。それはつまり実力のあるものは、若いうちから世界を舞台に活躍することも可能な時代にもなったことを意味する。そういった流れを先取りしているのが、サッカーや野球などのスポーツ界で、90年代後半から中田英寿やイチローのような選手が先鞭をつけたが、最近では日本で名声を得る前に海外の一流クラブに移籍する若い世代が増えてきている。スペインのラ・リーガ(リーガ・エスパニョーラ)で最有望株のひとりとされる19歳の久保建英や、イタリアで評価を上げレギュラーとなった21歳の富安健洋がその象徴だ。


 だが、ビジネスではこの情報化と流動性に日本企業は対処しきれていない。半沢直樹は、その旧態依然とした昭和型組織の中で、日本的に働くサラリーマンの象徴なのである。この話を欧米型の脚本にするならば、次のようなストーリーになるかもしれない。


 半沢は外資系金融とコネを作り、転職する。新天地で水を得た魚のように業績を伸ばし、やがて古巣であり仇敵である東京中央銀行と敵対、大型案件をめぐるバトルを繰り広げる。やがては東京中央銀行そのものを買収、その後、抜本的に組織改革を遂行する。自分の父親のような目に遭う人が出ないようにーといった筋書きだ。


 もちろん、これでは今でも日本型組織の中で理不尽な目に遭いながら耐えている大多数の日本人には響かないだろう。だがこちらのストーリーの方が、現実に起こり得る可能性が高いようと筆者には思えるのだ。


 日本の組織がなかなか変わることができない理由は、組織の中枢を担う50代以上の人々の昭和型の組織や制度志向が強いこと、法律や福利厚生などの関連制度の多くが昭和型を前提として作られているため、それに代わるの新しい案を考えにくいことなどが挙げられる。そして法律を変えるべき政治家の大多数が、ビジネスマン以上に高齢で昭和型文化しか知らない人々だからだ。


将来を見据え、実力をつけよ


 つまり、半沢直樹のような人が報われるためには、日本の制度そのものを変えていかなくてならない。


 私たち一般人はそのことに気づいたとて何もできない気がするが、そうではない。語学力や現代的なビジネススキルを磨き、日本以外で活躍できるように自分を鍛えること、子供たちをグローバル化に適応できるように教育することが重要だ。


 最近、木村拓哉・工藤静香夫妻の2人の娘さん、COCOMIとKOKIのインスタグラムや記事を見る機会があった。芸能界のサラブレッドともいえる彼女らは、幼いころからインターナショナルスクールに通った。英語でのインタビューを難なくこなし、中国や欧米などでの海外での仕事にかなり重点を置いている。ご両親は、日本だけではなく、グローバルに活躍できるように、子供たちを教育してきたのだ。


 これからの時代を生き抜くための機会やヒントを海外で得られるチャンスは多いことだろう。それらを活かさない手はない。



渡部幹(わたべ もとき)

モナッシュ大学マレーシア校、スクールオブビジネス 准教授。同校ニューロビジネス研究所所長。UCLA社会学研究科Ph. Dコース修了。社会学博士。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。実験ゲームや進化シミュレーションを用いて制度・文化の生成に関する研究を行っている。主な著書に『不機嫌な職場』(共著・講談社新書)、『つながれない社会』(共著・ナカニシヤ出版)

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