渡部幹の「ニュースで心理学」第4回 新時代を生き抜く「災い転じて福となす」思考のすすめ ~ストレスを学びに変えよ~

Updated: Jul 7

”失敗”から学び、”福”と転じさせるための思考のカギは、日々の生活の小さな学びを”福”とすることーー。”ニュー・ノーム(新しい常識)”への適応が否応なしに進む今、社会心理学者の渡部幹氏が、現代を生き抜く人たちへ心のありようを説く。


 コロナ感染の勢いは世界的にはまだ収まってはいないものの、アジア地域に限って言え ば、ある程度状況は落ち着きつつあるようだ。マレーシアでも徐々に規制が解かれ、道路 の混雑も日常的になりつつある。

 しかし今後どうなるかはまだわからない。集団免疫が確立されたとは言えない状況で は、第2波がいつ来たとしてもおかしくないし、これまでの変異率の高さからすると、突然変異ウイルスが再び猛威をふるう可能性もあるだろう。

 これまでの状況の中で、一つ言えるのは、コロナの対策に「完全に成功した国」といえ るのは、ほとんどないだろうということだ。台湾、日本、韓国、マレーシアを含む東南ア ジアの国々は、欧州や南北アメリカと比較すれば、うまくいった方ではあるが、その中で 「成功の部類」といえるのは、たぶん台湾くらいなのではないかと思う(ただ、ニュー ジーランドは西欧圏では例外的に成功している)。


 そして、その台湾も、一度SARSの時に「失敗」している。今回の新型コロナでは、その時の教訓を感染経路の特定や封じ込めに役立てた。大臣自身が医者で専門家であったことも大きい。実は韓国もSARSやMARSのときの教訓を生かしている。

 SARSやMARSも今回同様コロナウイルスによる伝染性の病気で、新型コロナほど感染率は高くないが、致死率は高く、院内感染も起きていた。台湾や韓国が、新型コロナに対して迅速な対応ができていたのは、その失敗から学んだからだ。

 つまり、新型コロナ禍による様々なネガティブな出来事から何を学び活かせるかが、今 後の鍵になるのだと筆者は考えている。それは何も政治経済的な措置に限ったことではな い。私たち個人の生活についてもそれは当てはまる。


失敗をストレスと捉えるか、チャレンジとするか


 私たちも、コロナ禍で様々な失敗をしているはずだ。例えば、突然リモートワークになって、様々な問題が起こったはずだ。家にプリンターがない、あってもインクや紙が足りない。家族が一斉にオンラインでズームを使うので、ネットが重い。ズーム会議の後ろに映ってはいけないものが映ってしまった等々、笑えるものから洒落にならないものまで、様々な失敗をしたはずだ。


 筆者もリモートワーク中の講義の最中、隣の部屋でオンライン授業を受けていた娘が音 楽の授業でバイオリンの実習を行ってしまったため、自分の講義に大音響で(上手とはいえない)バイオリンBGMが突然入り、学生がざわついたが、筆者本人は講義に集中していて、全くそのことに気づいていなかった。学生たちがチャットで「なんかバイオリン聴こ えてこね?おかげで先生何言ってかわかんねー」と話しているのをみて初めて気が付いた 次第である。おかげで30分以上講義をやり直す羽目になった。


 その他にも、スーパーマーケットに複数人では行けないとき、妻に頼まれたものが上手 く見つけられなかったり、よく確認せずに生ものを買ったら傷んでいたり、妻が下の子供

のオンライン授業のサポートで手が離せない中、洗濯を頼まれたところ、初めて買った洗 濯洗剤の適量がわからず(普段購入していた洗剤の流通がストップしたため)、量が少な すぎて洗濯物がきれいに洗えないばかりか、排水溝から腐敗臭がしてきたりと、いろいろ とやらかした。


 これらの出来事は、コロナ禍での移動制限令がなければ起こらなかったことだ。これら の出来事を「コロナがなかったらこんな失敗しなかったのに」と考え、ストレスとしてし まうか。生活をより良くするための学びの糧とできるかは、個人の心がけ次第なのだ。


リスクを直視せよ


 世界価値観調査によると、日本人は世界で一番(少なくとも調査対象となった70以上の 国や地域の中で)「リスクを直視したがらない」傾向がある。それは「コロナでいろいろ な不便やネガティブが起こることと、それに対処する」ことを避けたがるということだ。 だが、コロナの問題は誰に対しても起こる。もう少し詳しく言えば、日本人はリスクアセ スメントをやれ、と言わればできる。だが、リスクがあるかもしれない状況で、自らリス クアセスメントをしようとするかというと、そうではない。リスクがあることを見ようと せず、背を向けがちなのだ。したがって、コロナ禍で生じるリスクについて、自らどんな リスクがあり、どう対処すべきかを見ようとは、あまりしない。


 リスクを見ていれば、それらの問題も「予想しうるもの」として対処できるが、日本人 のようにリスクから背を向けてしまうと「昔はこんなことはなかったのに」というストレ スばかりを感じることになってしまう。リスクを見ようとしないことは、却ってストレス を増大させるのだ。


 近年盛んに言われている「失敗学」という分野は、ネガティブな出来事をストレスのま ま終わらせるのではなく、次につなげる学習機会として捉えようとする分野だ。アメリカ の統計によれば、医療過誤による死者の数は、交通事故などで直接死んでしまう人の数よ りはるかに多い。だが問題の本質は、それが本当に医療過誤であると、医者が認めないこ とにある。失敗を次に活かすことができないのだ。


 コロナ問題が長期化するのはまず間違いないだろう。自分たちの生活のネガティブな変 化を学習機会として捉えられるかそうでないかで、生活のクオリティが変わってくるはず だ。 実は、このことは、子供たちを見ているとよくわかる。筆者の子供は3人中2人がZoom によるオンライン授業を受けているが、当初は全く要領を得なかったにもかかわらず、ど んどんオンライン環境に適応していき、成長している。小学3年の息子は、キータイプな どやったことがなかったのに、いまではずいぶん上達したし、小学6年の娘は課題提出が 動画になることも多いことから、ビデオ編集の腕が驚くほどうまくなっている。そしてそ の技術を、宿題以外のさまざまな場面で使っており、時には親のビデオ編集の手伝いもし てくれるようになった。彼らは環境に合わせて必要なスキルを発達させ、自分の能力価値 を高めるように学習している。もちろん彼らだけではない、彼らのクラスメートたちもまた成長している。


 むしろ、大人の方が、いつになったらコロナ前の生活に戻れるかばかり気にして、いま 学習すべきことに集中できなくなっていることが多いように個人的には思う。


 人類の歴史は感染症との闘いの歴史でもあり、その中で私たちは、急激なライフスタイ ルの変化を強いられてきた。例えばペスト流行のときに、公衆衛生の考えが急速に広ま り、ネズミの駆除や下水道の整備、洗濯の習慣化などが起こった。これらを実践できたの

は、ストレスを学びに変えた人々だ。


 今暮らしている私たちも、そうすべきなのだと思う。そしてそれは、日々の生活の中の 小さな学びから始まるはずだ。そこでポジティブに学ぶ、その「気の持ち様」が一番大切 なのだと思っている。


渡部幹(わたべ もとき)

モナッシュ大学マレーシア校、スクールオブビジネス 准教授。同校ニューロビジネス研究所所長。UCLA社会学研究科Ph. Dコース修了。社会学博士。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。実験ゲームや進化シミュレーションを用いて制度・文化の生成に関する研究を行っている。主な著書に『不機嫌な職場』(共著・講談社新書)、『つながれない社会』(共著・ナカニシヤ出版)


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