渡部幹の「ニュースで心理学」第11回 真のレジリエンスを掴むためのロードマップ 生きる力を養うために

 このところ、ビジネスで流行している言葉に「レジリエンス(RESILIENCE)」がある。レジリエンスは、ストレスやトラウマ、その他心が大きく傷ついた状況から、回復する力のことである。


 まあ平たく言ってしまえば「落ち込んだときに立ち直ることができる力」ということになる。そう聞くと、大して重要には思えないかもしれない。だが、今を生きるうえで、その力はとても重要なのだ。


 近年は、経済や社会の状況の変わるスピードが上がり、既存の考え方や方法がうまくいかなくなる状況が頻発している。特に昨年からは新型コロナの影響で、経済が落ち込み、働き方も大きく変わった。多くの人が、基本的な社会生活そのものを見直さなくてはならない状況にある。日本に限らず世界中で、このような激変する状況に適応できずストレスを抱える人が多くなり、それがひどくなると、鬱病を発症したり、ひきこもりになってしまうこともある。





転んでも起きる力の必需性

 筆者らが行った調査研究では、ひきこもりはもはや日本だけの問題ではなくて、欧州、アジア、アメリカでも頻繁に起こり、イタリアや台湾ではすでに社会問題化している。


 いったん、鬱やひきこもりになってしまうと、その後の回復がとてつもなく大変になってしまう。レジリエンスは、そのような状況になってしまう前に、ストレスをマネージし、傷から立ち直る力である。現代を生きる私たちに必要なものといえよう。


 心理学者の間でもこのレジリエンスは注目を集め、重要な概念として認識されている。


 では、どうしたら高いレジリエンスを発揮できるのだろうか。


 アメリカ心理学会はレジリエンスを高めるための方法(ロードマップ)について以下の9つの方法を推奨している。筆者が思うに、そのロードマップはあまりにアメリカ人の心性や文化に特化している。ここでは、それをより日本人に適応するような形で、ひとつずつ解説していきたいと思う。


1) 一対一の関係をつくる


 医者が怪我の治療を行うとき、まず怪我の程度がどれくらいかを見るように、レジリエンスの第一歩は、自分が傷ついていること、ストレスを感じていることを認識することだ。その上で、自分の傷がどれほど深いかを、自分で認識をする。


 それからが重要だ。それを共有してくれる信頼できる他者を探すのだ。恋人でも家族でも友人でもいい、あなたの傷を理解し、寄り添ってくれる人、励ましてくれる人を探すことが重要だ。文化心理学の研究によると、日本人の心理的サポートには、自分の苦しみに誰かが共感してくれるかどうかが重要で、アメリカでは、激励してくれることが重要なのだという。つまり私たち日本人は、自分の苦しみに共感してくれる人がいると思えるだけで、大いに心強くなれるのだ。


 そのためには、あなた自身が素直になって、自分の傷をさらけ出さなければならない。そのためのちょっとした勇気が必要だ。


2) グループに参加する


 誰か一人、自分の苦しみを理解してくれる人がいるだけで、救われる気分になるのは事実だが、実は同じ苦しみを抱えている人は思っているよりも多いものだ。コミュニティや社会グループの中には、同じ悩みを持っている人たちが集まる場所がある。それは現実でもオンラインコミュニティでもある。そういうグループに参加することで、悩みの共有や有益なアドバイスをもらえることが多い。そして何よりも、自分だけでくよくよ悩まないで済むと思えるだけで、ずいぶん救われる気分になる。


 ここで気をつけたいのは、コミュニティの中の人間関係に気を使わない程度に参加する、ということだ。日本人のコミュニティは村社会的になりやすい。そうすると余計なしがらみや気遣いが増え、新たに無駄なストレスを抱えることになる。そうなりそうならば、離脱したり距離を置くようにしたほうがいい。


3) 健康を気遣う


 鬱病や気分の落ち込みの原因として、セロトニンという脳内ホルモンの不足が指摘されている。セロトニンは、脳で分泌されるが、実は小腸で生成されることがわかっている。セロトニンが作られるためには、トリプトファンというアミノ酸が必要で、トリプトファンは肉、魚、豆、種子、ナッツ、豆乳や乳製品などに豊富に含まれることがわかっている。つまり、これらをバランスよく食べることが、レジリエンスと心の健康にとっても重要だといことだ。


 トリプトファンは脳内で、日中はセロトニンを生成し、夜になると睡眠を促すメラトニンを生成する。このサイクルは体内時計によって作られるので、朝起きてきちんと日光を浴び、仕事や運動をして、夜に寝る、という生活サイクルによって、効果が大きくなる。つまり、規則正しい朝方の生活をすることが、レジリエンスへの近道となる。


 またセロトニンは、規則正しい有酸素運動によって分泌が促進されることがわかっている。つまり、体にあまり負担をかけないウォーキングやジョギング、ダンスなどが効果だ。


 こうしてみると、バランスのとれた健康的な食事、規則ただしい生活、適度な運動という、昔から言われているありふれた健康法は、体だけではなく、心の健康も作ってくれるとがわかるだろう。


4) マインドフルネスのトレーニング


 マインドフルネスとは、ヨガや瞑想をつかって、自分の心のありようをありのままに捉えるための方法だ。詳しくは長くなるので書かないが、要は自分をしっかり見つめ、自分のストレス、欲望、願いなどを自分で把握することである。これは、レジリエンスのための精神力(動じない力、強い意志)を得るために有効なばかりでなく、上記にの述べた自分が今受けているストレスや傷を把握するためも有効だ。


 グーグルやフェイスブックなどのIT企業では、率先してこのマインドフルネスのトレーニングを取り入れている。その背景には、これら世界的企業の従業員でさえ、ストレスや心の負担によって潰れてしまうことが多いという事実がある。マインドフルネストレーニングは、現代人にとっては、今や身を守るための手段といってもいいだろう。


5) 生産的ではないストレス発散をさける


 ストレス発散の手段の中には、健康を害するものも多い。酒、タバコ、クスリなどだ。それは一時的な発散にはなるが、長期的にみれば、レジリエンスを下げる。できるだけ避けるべきだ。


6) 他人を助ける


 もう40年以上前、日本で大ヒットした漫画に『エースをねらえ!』というテニスのスポ根ものがあった。主人公の女子高生、岡ひろみがテニスを通じて成長していく物語だが、その中盤、ひろみが心酔していた宗方コーチが死んでしまい、ひろみがどん底に落とされるストーリーがある。宗方に後を託された元僧侶で新コーチの桂は、ひろみに優しい言葉をかけるでも励ますでもなく、しばらく寺で修行をさせたあと、彼女を障害を抱えた子供たちの施設に連れて行き、ボランティアをさせる。


 彼女は、そこで障害と闘いながらも懸命に生きる子供たちを見て、自分の心の傷に初めて向き合う。そしてテニスプレイヤーとして復活し、新しいステージに上るのだ。


 他人を助けることで、助けた本人が救われ、学ぶことは非常に多い。多くのボランティア経験者が実際に体感している。なぜなら必然的に、自分の能力、価値、生きる意味などを考え直すことになるからだ。それによって新たな気づきやモティベーションをもらえることも多いだろう。


7) できることに目を向ける


 日本語でいう「身の丈を知る」ことも重要だ。「理想とするなりたい自分」と「現実の身の丈」の間にギャップがあると、ストレスが生じる。身の丈を受け入れると「いま自分にできることは何か」をポジティブに考えられる。実はそれが「理想とするなりたい自分」への第一歩であることも多いのだ。


8) 現実的な目標を持つ


 ある程度、ストレスをマネージする術を得たら。現実的な目標を持てるはずだ。そしてのために、「今できること」もわかるはずだ。上記で培ったものをすべて生かして、今度こそ理想に近づくためのポジティブなマインドを手にできるだろう。


9) 自分が克服できたことを刻む


 上記のひとつひとつのステップにおいて行ったことのひとつひとつが、成長の証であり、レジリエンスの強化の過程である。ステップひとつひとつをしっかりと自分でかみ締めて、何があったかを自分で咀嚼(そしゃく)することが重要だ。このことはゲームで言えば「経験値を貯める」ことと同じだ。それを行っておくことで、次に困難に直面したとき、それを克服するのが、ずっと容易になるからだ。


 以上が、レジリエンスのためのロードマップだ。筆者が思うに、これは心のRPG(ロールプレイングゲーム)だ。主人公であるあなたが、自分の強さを知り、小さな敵を倒すことから初めて、バディと知り合い、経験値を積んで、旅を続け、大きなゴールに向かう。私たちがRPGに夢中になるのは、レジリエンスを積む疑似体験ができるからだ。


 当然ながら、現実はゲームとは違って相当に厳しい。だが、現実に挑み、困難を乗り越え、本当のレジリエンスを得る者こそが、「勇者」と呼ばれるべきだろう。その一歩は今日からでも始められるのだ。

渡部幹(わたべ もとき)

モナッシュ大学マレーシア校、スクールオブビジネス 准教授。同校ニューロビジネス研究所所長。UCLA社会学研究科Ph. Dコース修了。社会学博士。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。実験ゲームや進化シミュレーションを用いて制度・文化の生成に関する研究を行っている。主な著書に『不機嫌な職場』(共著・講談社新書)、『つながれない社会』(共著・ナカニシヤ出版)

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