渡部幹の「ニュースで心理学」 第1回 新型コロナウイルスにまつわる不安を取り除くには

今、世界は様々な現象や問題が渦を巻くように絡み合い深刻化している。個人と社会を取り巻く環境やその相互関係にクローズアップしつつ、その深層にある”人のこころ”を読み解ければーー。社会心理学者の渡部幹氏が、今を生き抜くヒントを皆さんにお届けする。


 いま世界中で拡がっている新型コロナウイルスによる疾患は世界経済を大きく揺るがす事態となっている。主要国の株は軒並み下がり、円高はものすごいスピードで進んでいる。将来への経済不安が強い証拠だ。


 日本でも、政府の対応について毀誉褒貶(きよほうへん)かまびすしい。ただひとつ確かなことがある。現時点では、不確実な情報が多いため、何が正しくて何が間違っているのかは、日本政府を含め、各国当事者もわからないということだ。イタリアや韓国で罹患者が激増していることや、EUやアフリカでも罹患者が増えてきているという事実から考えて、世界規模の流行になっているのは間違いない。その中で何を優先するかは、各国の考えに委ねられる。


 その中で、私達ができることは、できるだけ不安を少なくすることだ。


 ホフステッドという経営心理学者がいる。彼の説によると、国民文化には6つの要素があって、それが人々の行動に大きく影響しているらしい。その中のひとつの要素に「不確実性の回避傾向の強さ」がある。平たくいえば、「不安に耐えられない弱さの程度」だ。


 65カ国で比較調査した研究によると、日本は世界で10番目、つまりトップ10に入っている。つまり日本人は世界でもトップクラスの「不安に耐えきれない」人々だということだ。だから”不安に対処する”ことは、日本人にとってとても大切になる。


 では「不安を少なくする」ためにはどうしたらいいか?心理学者の立場から少し述べてみたい。


 ホラー映画を見たことのある人ならば経験があると思うが、大抵の場合、一番怖いのは、残酷なことが実際に起こる場面よりも、「なにか怖いことが起こるかもしれない」と怯えている過程だ。残酷なシーンももちろん怖いが、その怖さは「この残酷さが自分にも降り掛かってくるかもしれない」という悲劇的な予測によってもたらされる。つまり、「正体不明なものが自分に予想を超える害を及ぼすかもしれない予感」に我々は最も恐怖する。コロナウイルスに対する人々の反応は大部分がこれによるものだ。


 少なくとも現時点での情報と得られる限りの統計からは、新型コロナよりもインフルエンザやSARSの方が、医学的に見れば危険度は高いし、風疹の方が成人にとってはよっぽど危険な病気だ。だが人々はそれらには大げさには反応しない。それは「正体不明」ではなく「予想を超える害」でもないからだ。恐怖の正体と及ぼす害の程度が予測できれば、その恐怖の程度は大幅に下がる。


 したがって、新型コロナウイルスに対して、不安を少なくする第一歩は、ウイルスについて、できるだけ正しい知識を得ることだ。不安の原因を知ることが、不安解消には最も効果的なのである。


 しかしながら、現在、コロナウイルスについては様々な流言飛語が飛び交い、そのひとつひとつに人々は一喜一憂している。これはインターネット社会の弊害の一つだと筆者は考えている。情報ソースが主にマスメディアだった時代に比べて、今は一個人の意見も世界中に流布する可能性がある。ご存知のように、インターネット、SNSには様々な情報が飛び交っており、どれが正しいかどうか、よほどの専門家でもなければ判別するのは難しいだろう。

ではどうすればいいのか。自分が最も信頼できる情報ソースを見つけることだ。


 不安に感じている人に共通するのは、「何を信じていいかわからない」という点だ。「不安の正体に対してちゃんと説明してもらえていない」から不安が解消されない。


 「信頼できる情報ソース」は、決して自分の耳に心地のよいことを言ってくれる情報ソースだけを指すのではない。冷静で論理的でデータと科学的な根拠に基づいて情報発信をしている機関や個人のことだ。


 それを見つけるためには、まず我々自身が冷静に、論理的にならなくてはいけない。心理学では、人間が感情的に動揺すると、正常な判断ができなくなることがわかっている。オレオレ詐欺などは、これを犯罪に狡猾な手口で応用したものだ。


 だからまず冷静になって、考えることが重要となる。そして、自分の感じている不安の正体は何なのかを明らかにすることだ。


 自分が不安に感じているのは、「陽性か陰性かわからないから」なのか、「他の人にウイルスをうつされるかもしれない恐怖」なのか、「子供や家族が罹患するかもしれない恐怖」なのか、どんなことが不安なのかを具体的に書いてみればいい。不安の正体を認識するだけで、かなり楽になるはずだ。


 それができたら、自分の不安内容について、詳しいことを述べている情報を探す。冷静で論理的な分析を探すのだ。ツイッターは短期間のやり取りが起こりやすく、感情的にもなりやすい上に、字数制限のあるメディアなので、事実のニュース概要以外では、役に立ちにくいだろう。


 そう考えれば、公的機関、専門家が根拠をもって書いているものに限られるはず。それらをしっかり読んで総合的に判断していけば、自ずと欲しい説明は出てくるだろう。


 実はこの方法は、臨床心理でのカウンセリングに似ている。自分の心を省みること(リフレクション)を実践するカウンセリングと同じように、自分の不安の中身をきちっと見て分析することが、不安に対処する第一歩なのだ。


 筆者は、この不安を社会レベルで鎮めることこそが、国の政策だと思っている。そして今のところ、それには2種類のやり方があると考える。一つは、望む者全員に検査を施し、自分が陽性か陰性かをはっきりさせる方法。もうひとつは、その不安は解消できないが、長期的に不安を徐々に下げようとする方法である。


 前者の政策をとっているのは、イタリアや韓国だが、イタリアではすでに医者や医療機器の不足が深刻化し、本来助かる人まで助からなくなる事態が起こっている。


 それに対し、アメリカや日本は後者のやり方を取る。死亡率が低いことから、医療クオリティを高く保つために、重症者しか検査しないやり方だ。この政策が正しいかどうかはまだわからない。だが、自分たちの国がこの政策を取る以上、検査できないことによる不安は個人的になんとかするしかないのだ。


                            (執筆日:2020年3月13日)


渡部幹(わたべ もとき)

モナッシュ大学マレーシア校、スクールオブビジネス 准教授。同校ニューロビジネス研究所所長。UCLA社会学研究科Ph. Dコース修了。社会学博士。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。実験ゲームや進化シミュレーションを用いて制度・文化の生成に関する研究を行っている。主な著書に『不機嫌な職場』(共著・講談社新書)、『つながれない社会』(共著・ナカニシヤ出版)

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