渡部幹の「ニュースで心理学」第3回 新型コロナウィルス、長期化の様相 経済との両立を模索する各国政策

前回の記事から1カ月経っても、新型コロナの猛威は破竹の勢いだ。ニュースで心理学の第3回は、変異を続ける新型コロナの動きに追従せざるを得ない世界の今を、社会心理学者の渡部幹氏が、鋭い視点で解説する。




 マレーシアでは活動制限令がさらに2週間延長された一方で、ある程度規制が緩和さ れる。これが、どのような結果になるかは誰にもわからない。答えは約2週間後にで るだろう。

 このウイルスの難しいところは、潜伏期間が4~5日から長い人では20日前後にな り、さらに無症状感染者もいるところだ。各国が目安にしている14日を基準に考えれ ば、今みている感染者記録は2週間前に起こったもので、それに対応してすぐにロッ クダウンなどを行っても、その効果を確認できるのは2週間後となる。つまり何か手 を打ったとしても、それは2週間前の状況に対してであり、さらにその効果は2週間 後にしかわからない。対応を修正するのに、1カ月ほどかかってしまうのだ。

 このタイムラグが政治的決定を難しくしているのは間違いない。さらに各国で、イ ンフラや文化、経済規模の違いなどがあるため、何が最適な決定かを判断する基準も ない。皆手探り状態だ。自分の住んでいる国の政策に対し、不満を持つ人は多いが、 何が正解かはそれこそ誰にもわからない状態だろう。

 したがって今は、中国のように政治的強権を発動し、人々の活動を徹底的に抑え込 んでしまう方法から、スウェーデンのように、制限を設けず、啓蒙活動だけで乗り切 ろうとする方法まで、世界中がさまざまな「社会実験」を行っている最中だと言え る。何度も言うが、はっきりしているのは、何が最善な政治的決定なのか、まだわ かっていないということだ。


 しかし、一方、この数カ月の騒動で、かなりはっきりと見えてきたものがある。 それはコロナ禍が収まるには、集団免疫の確保、または、効果的な治療薬と治療体 制の確立の2つしかないという点だ。

 集団免疫の確保は、スウェーデンやブラジルが行っている政策で、基本的には「放 置」するというものだ。遅かれ早かれ、皆が感染し、そこで免疫を自前で確保したも ののみが生き残るという、自然淘汰に任せる方法である。

 実際、人類の歴史は、これの連続だった。事実、アステカ帝国、インカ帝国を滅ぼ したスペインは、かの地に天然痘を持ち込み、それぞれの人口を激減させた。すでに 天然痘が流行していたスペインでは、人々はすでに免疫を持っており、集団免疫が確 立されていた。巷で人々が病気でばたばたと死んでいくのに、何の影響も受けない現 地のスペイン人を見た当時の南米の人々は、スペイン人の神(キリスト教)の方が優 れていると思い、それまでの宗教を捨てて、キリスト教へと改宗した。それから、キ リスト教が現地で急速に普及し、今日に至っている。高度な文明を築いていた南米の 帝国は、スペインから来たわずかな軍に滅ぼされたと歴史書は記すが、それは正確で はない。実際には感染症によって滅びたのだ。感染症は歴史を変える力を持つ。集団 免疫が確立しているか否かが国や文化の存亡に関わるのだ。


問われる集団免疫の是非 待たれるワクチン開発


 だが、現在多くの国が集団免疫の確立という方向をとらないのには理由がある。新 型コロナのもたらす健康被害が、どの程度かがまだ明らかにはなっていないからだ。 世界中の医学者が血なまこになって研究しているが、その全貌はまだ明らかではな い。短期的には、8割以上の人が、重症化せずに回復しているように見えるが、一方 で、脳関門をすり抜けて突然死を招くケースや、免疫細胞を破壊し、合併症を誘発す るなどの事例も報告されている。そしてなにより、このウイルスがもたらす長期的な 健康被害については何もわかっていない。

 その段階で集団免疫を目指すのはリスクがある、と判断する政治家がいてもおかし くないだろう。事実、イギリスも当初は集団免疫の早期確立を目指していたが、途中 で方向転換した。

 集団免疫を戦略的に目指せるのは、基本的にはワクチンの開発ができてから、とい うのが一般的な考えだろう。人為的に集団免疫を確立する方法であるワクチンや予防 注射は、弱い菌などを意図的に体内に感染させ、免疫を作らせておく方法だ。イギリ スのジェンナーが世界で初めて、牛痘のウイルスを使って天然痘ワクチンを開発し、 その後フランスのコッホ、パスツールらによって確立された。

 いうまでもなく、今回の新型コロナの場合についても、ワクチンの開発が急ピッチ で進められている。通常ならば、ワクチン開発には最低でも2年はかかると言われて いるが、一刻を争う今、各国各機関が法改正も併せて、環境を整え、開発の早期化を 後押ししている状況だ。ビル・ゲイツ率いるゲイツ財団では、異なる7つのワクチン を同時開発するために、7つの独立研究所を作っている。ゲイツ氏によれば、そのう ち1つか2つが今のところ見込みがありそうで、残りはすべて無駄になるかもしれな いとのこと。それにより数兆円分の投資が失われるだろうが、それは織り込み済みだ そうだ。

 このようにワクチン開発には膨大な費用と時間が掛かる。その上、今回の新型コロ ナウイルスはワクチン開発が無駄になる可能性も高いのだ。詳しい説明は省くが、ウ イルスにはDNA型とRNA型があり、今回の新型コロナはRNA型に分類される。RNA型 は変異が非常に早く、どんどん亜種がつくられる。事実、すでに17種類の新型コロナ 亜種が発見されているし、武漢で起こったパンデミックのウイルスとヨーロッパで起 こったパンデミックのウイルスでは、種類が違っているという報道を見聞きした方も 多いだろう。

 ウイルスの変異が活発だと、せっかく開発したワクチンも効かない可能性が出てく る。そうすると、インフルエンザのように、どの型が流行っているかを見極めてワク チンを開発するしかない。イタチごっこが続くのだ。つまり、集団免疫の確立は難し くなる。

当座しのぎの既存薬


 ワクチン開発が難しく、集団免疫の確立ができないとすると、次の手として考えら れるのが、罹患したときの特効薬の開発だ。だが、これはワクチン以上に開発に時間 と経費がかかる。細胞レベルの実験を重ね、動物を用いた研究データを取り、副作用 などの特定を徹底的に行ってから、人体を使った臨床治験を行い、その上で認可を取 らなくてはならない。その基礎開発の時間と費用は相当なものだ。したがって、今は 一から新薬を開発するのと並行して、既存の薬のなかで、新型コロナに効果的なもの を探す方法をとっている。その方が時間とコストの節約になるからだ。

 レムデシビルやアビガンという薬の名前がネットニュースに飛び交っているのに は、こういった背景がある。もちろん、それぞれの薬には副作用があり、効き目があ るからといって、即認可にはならず、副作用の深刻さなどを考慮した判断が必要とさ れる。その上、薬の認可はまた製薬会社や医者、政治家の利権の巣窟にもなってお り、そういった薬の認可にはさまざまな政治的経済的思惑が働く。その影響を受け、A 薬が効果的という知見報告論文が取り消されたり、書き直されたりすることもあると いう。したがって、我々素人には、何がもっとも効果的か、そして副作用のリスクが 少ないか、本当のところを知るのは難しい。

 こうした背景を知ると、あることが見えてくる。それはつまり、これから私たちは 長期に渡って、この病気と付き合っていく覚悟が必要であること、その上で、私たち の暮らしの在り方が激変し、もう元には戻らない可能性もあること、そして最後に第 2、第3のパンデミックも起こりうる可能性があることだ。

 各国政府がさまざまな政策を行っているが、究極的には皆同じゴールを目指してい る。それは、集団免疫ないしは特効薬ができるまで、いかにして経済を殺さないよう にしつつ、医療崩壊を防ぐか、である。

 現在では、集団免疫も特効薬もまだできていないし、いつになるかの目途も経って いない。したがって冒頭に述べたように、政策はどの国も暗中模索にならざるを得な い状態だ。

 このような中、私たちにできることは何か。それは簡単だ。できるだけ健康的な生 活を送り、家族をはじめとした身近な人々を愛することしかない。個人の免疫を高め るのにはそれが一番だからだ。この数カ月で私たちは、病気や死をより身近なものと して体感することになった。ならば、私たちが最も真剣に取り組むべきは、享受して いる人生をどう充実させるか、ではないだろうか。

渡部幹(わたべ もとき)

モナッシュ大学マレーシア校、スクールオブビジネス 准教授。同校ニューロビジネス研究所所長。UCLA社会学研究科Ph. Dコース修了。社会学博士。北海道大学助手、京都大学助教、早稲田大学准教授を経て、現職。実験ゲームや進化シミュレーションを用いて制度・文化の生成に関する研究を行っている。主な著書に『不機嫌な職場』(共著・講談社新書)、『つながれない社会』(共著・ナカニシヤ出版)

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