多様性を尊重する心が、人々の感動を呼ぶ マレーシア人寿司職人が世界で活躍できた訳

渡部明子(ライター、翻訳、医療通訳者)


 ベテラン寿司職人であるウイリアム・ヤウさん(65)。2020年7月、英領バミューダ諸島から本国マレーシアへと帰国した。バミューダで大人気のレストラン「ヘンリー8世スシ・バー&パブ」で7年に渡り腕を振るい、常に最高ランクのウェブ評価をもたらし続けたが新型コロナウィルス(Covid19)の影響で、状況は一変。店は長期休業となり、これが潮時と考え、引退を決意。家族の待つペナン島へと戻って来たのだ。

 バミューダのほか、オーストラリア、スイスでも腕前を披露してきたウイリアムさんが世界に認められ活躍できたのはなぜか。海外で日本食促進の一翼を担い、人々の感動を呼ぶ寿司を作り続けてきたウイリアムさんの成功と活躍の秘訣を紹介しよう。


ホーカーで長きにわたる料理人修行


 親を早くに亡くしたウイリアムさんは、クアラルンプールの人気屋台街ジャラン・アローに店を出す叔父の店に、17歳で奉公に出る。中華鍋を振るい、クイティアオやスープ麺を作る日々のウイリアムさんに、1983年10月、大きな転機が訪れる。料理人仲間が日本料理店に採用されたことをきっかけに日本食への興味が募るようになり、当時クアラルンプールに三番手として進出したばかりの日本食レストラン「DAIKOKU」の門を叩いたのだ。28歳を迎えた年だった。


寿司一筋の人生は、師匠の一言から


 天ぷらをはじめ、各種料理を一通り覚えたある日、料理長から寿司を担当するよう命じられる。「思えばあの日以来、私は寿司一筋の人生を送ってきました」。ウイリアムさんはこれまでの37年間を振り返る。


 DAIKOKUのほか、クアラルンプールやペナンに新たに出店する日本食レストランの厨房にも立ってきたウイリアムさんは、「タナベさん、ヤマオカさん、ヨシダさん、ヒシカワさん、ナカマツさん・・・・」と、日本食料理人としてのイロハを叩き込んでくれた師匠らの名を挙げ、彼らから「魚が変わる度にまな板をきれいにする。生姜を切った後は普通の水ではなくレモンと塩で洗い流す。毎日包丁を手入れし、清潔さと切れ味を保つ」など日本料理のいろはを学んだ。あの修業時代に厳しく仕込まれたことすべてが、今日に至るまで大いに自分の糧になっていると語る。


ウイリアムさんの寿司や日本食は創作性が高い

それは各国の嗜好の傾向?


 世界各地における日本食や寿司に対する好みの違いについて、「かつてのマレーシアもそうですが、日本食が入ってきたばかりの国では、日本とほぼ同様のメニューやネタが提供されます。それは好みというよりも、紹介された日本料理をまずは受け容れるという印象です。ですが時間の経過とともに、その国の人々の嗜好が加味され、現地に受けいられる味に変わっていく」と語る。


 スイスで回転寿司が登場したのは2011年。当時のスイスでの寿司屋のネタは、巻きものであれば鉄火巻きやカッパ巻きが一般的で、まさに日本の寿司そのものだったという。「現地で扱うネタの制限も大きく起因します。私自身はオーセンティックな寿司が好きで、特にシマアジの握りが好物です。しかし、日本のシマアジを超えるものが現地にない。質の低いシマアジを提供するぐらいならメニューから外した方がいいです。無理して日本から手に入れたとしても、懐事情と合わせないと。現地の事情を考慮しつつ、多くの制約の中で人々に喜んでいただく工夫を重ねた結果、その国ならではの個性が加味されていったのだと思います」。


おもてなしの心=多様性を尊重する心

生魚を食さなくても日本食はエンジョイできる


ヘンリー8世でのウィリアムさん

 ウェブ評価サイトにおけるヘンリー8世に対するカスタマー・レビューを見ると、「シェフにすべて任せておけば間違いない」、「想像を超えた料理を味わえるから、常に外食の第一チョイスだ」など、シェフへの全幅の信頼を表す言葉が並ぶ。同店の顧客構成は6~9月は観光客が中心、その他は地元の常連客のみとなる。ウイリアムさんによると、年間を通した当店の人気メニューはマグロのタルタルだが、いつしか常連客はメニューに目を通さなくなり、“お任せ”のみに。それは、ある出来事がきっかけだったという。


 「ある日、当店を初めて訪れた顧客が、メニューを長く手にしておられた。なかなかオーダーされないので、日本食自体が初めてなのか、あるいはアレルギーなどをお持ちで悩んでいるのかもしれないとお伺いしたところ、食べられない食材があるとのこと。そこで、その方のためだけのオリジナルメニューを創ってお出ししたところ、大変喜んでいただきました。以来、顧客が注文したものや好み、そのときの体調などをすべてメモに残すなど、顧客の好みやアレルギーなどを伺った上で料理を提供するようにしました。事前に予約いただいた場合は、その方に合う素材を事前に入手し、さらに良いメニューを開発してご提供することもできます。こういった試行錯誤を経て、お客様は次第にメニューなしで注文されるようになっていったのです」。


 宗教やアレルギーによる制限に加え、消化器官の問題など健康上の理由から生ものを食すことのできない人もいる。


 「そういう意味では、今はどの国も多様性国家と言えるでしょう。私が提供する寿司や海外の日本食は、日本のメニューと異なることは承知しています。しかし、あらゆる人が寿司や日本食を楽しんでいただくために次第に変化した結果、今のスタイルがあるのだと思っています」。


 生魚を食さない者にとっても、寿司屋や日本料理店は食を楽しめる場所であるべきだ。「寿司や日本食はかくあるべき」と押し付けず、多様性を尊重するこの姿勢こそがおもてなしの真骨頂なのだろう。


変化を遂げる寿司

ベジタリアン向けにフルーツ寿司も


 ウイリアムさんのベジタリアンメニューの1つであるフルーツ巻き寿司は、ノンベジタリアンにも大変な人気だ。外側はスライスしたキウイ、マンゴー、アボカド、内側にはパイナップル、きゅうり、りんご、人参、たくあんが入っており、自家製梅酢で味付けされている。見た目が華やかなだけでなく、この寿司が実に美味しい。甘酸っぱさ、食感のいずれも寿司に適し、南国の気候にも合い、酵素が効いていくらでもお腹に収まる。一度食すと癖になり、寿司と言えばウイリアムさんのフルーツ寿司しか頭に浮かばなくなるほどだ。ちなみに、甘くて美味しいトマトやイチゴが手に入れば、それらを用いることもあるという。


 フルーツ寿司のほか、芸術的な創作寿司を数多く編み出してきたウイリアムさんだが、それらの寿司は、徐々に変化を遂げて今の姿があるという。「食事の制約の多い方もおられるため、毎回味や食感に変化を加え、飽きずに楽しんでいただきたいと試行錯誤してきた結果です」。


ウィリアム・ヤウさん

 ペナンに帰ってきた今、地元の人たちからのシュプレヒコールもある。コロナ下で奮闘するペナン島のホテル支配人も、ウィリアムさんを「アーティスト」と絶賛する。


 「海外で働いたのは家族を養うためでした。子どもたちも成長し、学費の捻出に関する心配もなくなりましたが、日本食への恩返しのつもりで、もう一度包丁を握ろうと思っています。ほどほどに、ですけどね」。


 自宅のキッチンを厨房に、ペナン限定で寿司のデリバリーを始めるそうだ。それを聞いて、ペナンに住みたくなった。


 マレーシアの中でもひときわ様々な文化が混在するペナン島で生まれ育ったウイリアムさん。魂は間違いなく職人気質のサムライ。しかし戦い方は、日本の型に縛られず、その土地に応じた型を使い分ける。職人としての腕と、多様性を受け容れ尊重することに関する抜群の才能。この2つが海外で成功する鍵なのかもしれない。穏やかで口数の少ないウイリアムさんがそう教えてくれた。


*Homemade Sushi Delivery by William 016 4607388


<著者プロフィール>渡部明子

ライター、翻訳、医療通訳者。金融機関秘書および人事部、大学研究部門事務、米国小学校インターン教師を経験。立命館大学法学部卒。3人の子どもを日本、アメリカ、マレーシアで育てる。



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