古き良き時代とモダンが息づく島、ペナンへ行こう!

 “東洋の真珠”と称され、世界的観光地としてその名を馳せてきたペナン島には、世界情勢に翻弄されつつも逞しく生き抜いてきた数百年にわたる多民族の歴史、それらが紡ぐ多種多様な文化と伝統が息づいている。

 世界の観光情勢に大きな影響をもたらすとされるCNNトラベルから、「アジアで最も魅力的な体験を得られる地」(2019年6月)、「必ず訪れたい地」(2019年3月)に選出されたこの島が、人々を魅了し続ける秘訣を紐解いていこう。

英国に翻弄されたスルタン不在の島


 エキゾチックで多文化の混じり合うペナン。そもそもケダ王国(現ケダ州)の領地で、古来、季節風貿易の補給地であったこの島は、7世紀頃にはすでに”風待ちの地”として多くの人々が行き交っていた。島を経由するポルトガル人らが、この地に繁茂する檳榔(ビンロウ)の木(ヤシ科)を”プロ・ピナム””と呼んだことから、いつしかそれが島の愛称となり、現在の島名「プラウ・ピナン=ペナン島」に繋がったとされる。


 時は移り18世紀後半。東南アジア域に寄港地を探していた当時の英国政府はアジア情勢に詳しかった元海軍将校で貿易船を率いていたフランシス・ライトに寄港地探しを一任する。ペナン島に着目したライトは、ケダ王国が隣国シャム(現タイ)から攻撃された場合、英国軍を加勢させること、また英国はケダに対して租借料を支払うことを条件に当時のケダ王(スルタン・アブドラ・ムカラム・シャー)との交渉に成功。1786年、英国はペナン島の領有を公式に宣言し(実際には、英国からのペナンにおける植民活動は契約前に始まっていた)、イギリス国王ジョージ8世の名を冠したジョージタウンの建設に着手する。


 しかし英国は、入植条件であった租借料を契約通りに支払わず、ケダ王国がタイから攻め入られた際にも援軍を送らないなど、約束を果たすことはなかった。

 

 1791年、ついにケダ王は英国からペナン島奪還を試みるも、英国駐留軍の反撃に遭い、最終的にケダ王国はペナン島ばかりか本島対岸をも失うことになる。現在のペナン州の地形が構成されたのはこの時期で、イギリス統治時代の状況のままマラヤ連邦独立時に州として加わったため、スルタンも存在しない。

港町の名残とどめる伝統水上家屋、クラン・ジェティ

 一方、ライトが主導する英国はペナン島と本島対岸一体を手にするものの、英国人の入植が一向に捗(はかど)らなかった。やむなく同島の関税撤廃を決めると、英国人のみならず、アラブ、インド、アチェ(現インドネシア)、中国、シャム(現タイ)、ビルマ(現ミャンマー)など周辺諸国の貿易商人らが大挙して押し寄せ、島民が一気に増加。ペナンはたちまち多種多様な民族が集う交易地となる。その後、既得権益確保を目的とした幾度かの分離独立運動や人種暴動など民族間の衝突事件を経て、ペナンは州としてマレー連邦に加わり、現在に至る。


街を世界文化遺産登録へ導いたロンドン帰りのペナンシティーズ

 ペナン島北東部に位置するジョージタウンは、この街の変遷を歴史絵巻のように物語る。各国に由来する寺院はそれぞれの国の特徴をつまびらかに表し、豪華な霊廟(れいびょう)は当時の権勢を示している。クラン・ジェティは海上流通とユニークな生活様式を今に伝え、アルメニアン・ストリートは人々のルーツを辿ることのできる通りの名だ。プラナカンや英国スタイルなど民族の文化を示す住居や、張り巡らされる小路のすべても、かつての人々の営みや慣習を彷彿とさせ、それらすべてが生き生きと現在も時を刻んでいる。

 現存する歴史的建造物が1700を超えるこの街並みは2008年7月7日にユネスコ世界文化遺産に登録された。しかし21世紀直前までは、保全よりも開発が優先されていた事実がある。 


 その歴史的建造物が軒を連ねるペナン中心部で、街中にひと際映える紺碧の建物、「チョン・ファッツイ・マンション(別名ブルー・マンション)」。19世紀後半、16歳で中国広東省からペナンに渡ってきた客家(はっか)青年、チョン・ファッツイ氏が一代で財を成し、最愛の7番目の妻タン・ペイ・ポーのために風水を駆使して建造したものだ。今も人々を魅了してやまないこの豪華な住居跡、売りに出されていた1989年当時は、30家族が違法に暮らし、見る影もないほど荒れ果ていたという。


 すでに業者が近隣の再開発に着手し、その波に飲み込まれる寸前だったこの歴史的住居は、偶然前を通りかかったペナン生まれ、ロンドン帰りの建築家と社会心理学者のカップルにより救われることになる。在りし日の姿に想いを馳せ、周囲の大反対を押し切って購入した2人はその美しい姿を再び蘇らせるべく、修繕復旧作業に取り掛かる。

 この取り組みはたちまち国内外の大きな注目を集めることになり、衆目の下に行われた作業も1995年末に完了。ユネスコ文化遺産保全プロジェクト最優秀賞(2000年)を受賞した。このニュースがBBC、CNNなど世界各国の大手メディアらによって紹介されたことを機に、多彩な文化が混じり合うエキゾチックで文化遺産の宝庫であるペナンへ、世界からの関心が集まり、ついにジョージタウンは世界文化遺産として登録を果たした。


 現在、「チョン・ファッツイ・マンション」は、人々が集い文化に触れることのできるホテルとして広く門戸が開かれている。一度は開発業者が取り壊しに手を掛けたものの、開発中断中に2人がこのマンションに出逢ったのは、亡きチョン・ファッツイ氏の導きとの声もあるとか。もしそうならば、この一際鮮やかなコバルトブルーのマンションとかつての街並みの復活をきっと喜んでいるに違いない。


新たな歴史をもたらすペナンの食とアート文化

 国内有数の観光地として揺るぎない地位を確立するには、食の充実が欠かせないことをペナンが教えてくれる。CNNトラベルはこの島を「食と歴史建造物を愛する人々にとって必見の街」と紹介している。

 マレーシアの「食の都」とも称されるグルメタウン、ペナンは小さな店舗が集まり1つのオープンレストランを形成する「ホーカー・センター」や、住居と店舗を兼ね備えたショップハウス・レストラン、路面店や屋台など、街のいたるところに人々のおなかを満たしてくれる場所がある。かつてどの都市でも見られたこの食文化、街の発展と共に激減しつつあるものの、ペナンでは第2世代、第3世代が店を引き継ぎ、変わらぬレシピでそれぞれの伝統名物料理を提供している。業者が提供する便利な食材を用いることなく、鶏は店内でさばき、イワシの骨抜きも手作業、出汁の決め手となる海老ペーストや醤油も古式製法によるメイド・イン・ペナンを用いる。手間暇をかけ、ペナン愛の詰まった料理の数々は、値段以上の価値を持つ。

 ペナンフードの代表格である「チャー・クイティアオ」(写真左)は、島内で多くの店がしのぎを削っている。新鮮で大ぶりの海老やカモの卵を用いる店もあり、ペナンを訪れた際に是非食して欲しい一品だ。パンチのある魚介だしと酸味を特徴とする当地の「アッサム・ラクサ」は、他の地域のラクサを食べ慣れた人にはまったく別料理に思えるほど、個性豊かで他とは一線を画す(CNNトラベルが選ぶ世界ベストフード50の第7位にランクした)。日本への土産物人気ナンバー1でペナン発祥の「ホワイトカリー・ミー」、豚を湯葉で包んで揚げた「ロー・バク」、かき氷の一種である「チェンドル」など、ペナン名物は例を挙げればきりがない。そしてこれらの味を、時が止まったかのような風景の中、ペナンの街が放つ香り、「雰囲気」をスパイスに、今を生きる人々の活力や街への愛を五感で感じながら堪能して欲しい。

 また、もう一つの街のスパイスの存在を忘れてはならない。島内の至る所に存在し、世界遺産の景観に溶け込むストリートアートだ。路地裏、雑貨屋の外壁、何の変哲もない生活道にも、ふと気付くと壁画やワイヤーアート作品が佇んでいるから見逃せない。

ペナン出身のジミー・チュー。修行時代を描くアート

 ペナンでアートに対する機運が高まり始めたのは意外にも最近で、2010年にスタートしたジョージタウン・フェスティバルに端を発する。中でも火付け役となったのは、2012年開催の当フェスティバル期間中にリトアニア出身アーティスト、アーネスト・ザカレヴィック氏(壁画「Kids on Bicycle」、写真上)がもたらした数々の”インスタレーション・アート(設置・体感型アート)”だ。


 空間全体をキャンバスに、自転車やイスなど実際のオブジェを織り交ぜながら、ペナンに暮らす人々の日常を優しく切り取った作品群は人々の胸を打ち、壁画ブームを巻き起こした。以来、リアリスティックな作風を特徴とするロシア人壁画家のジュリア・ヴォルチコワ氏(壁画作品「The Indian Boatman」、写真下)など内外多数の若手画家らが、ペナンを東南アジアにおけるアートの拠点へと発展させ、今日に至る。今や壁画巡りやアートイベントは観光客の目玉アトラクションの1つだ。


 現在ペナンでは、「ペナン・インターナショナル・コンテナアート・フェスティバル2020」が開催中。海外アーティストとマレーシア人アーティストが、「ペナンのアイデンティティー」をテーマに、ペナン州内5カ所(ジョージタウン、バリク・プラウ、カーパル・シン・ドライブ、バターワース、バトゥ・カワン)に設置された巨大コンテナに、壮観な壁画を描き上げている。片面は海外アーティスト、もう一面は地元アーティストによって描かれたコンテナ作品は海、とうもろこし畑、ショッピングモールといった日常の光景の中に設置されることで、背景に溶け込みながらも威風堂々と新鮮な息吹を放っている。

 本コンペティションは、全10作品のうち2作品が「グローバル・ストリートアート・シティーズ2020年1月」のベスト作品に選ばれるという快挙を成し遂げ、全世界にペナンを「アートの街」として一層周知させることとなった。作品群は2020年中に撤去される予定だったが、2021年12月までの展示延長が決まっている。


地の利を生かし、アイデアとたゆまぬ努力で今を乗り切る


 ペナンの見どころは文化や伝統、芸術だけに収まらない。白い砂浜が弧を描く海岸線に夕日が沈む様子が壮大なバトゥ・フェリンギ、様々な動植物が生息する国立公園、緑豊かな自然と由緒ある建造物を同時に目にすることのできるペナン・ヒルも、訪れる人々を魅了する。1億3千万年もの時の流れる熱帯雨林やアジア諸国へと続く海の雄大さを満喫できる場所は、これ以外にもまだまだ数多く存在する。


 観光地化されておらず、地元の人に人気のビーチ、「ムーンライト・ベイ」(写真上)、世界で最も標高の高い”キャノピー・ウォーク”を有し、世界最古の森と海を眺望できる「ザ・ハビタット・ペナン・ヒル」、雄大な国立公園を背に1.1kmというギネス世界最長記録を誇るウオータースライダーを楽しむ「エスケープ・テーマ・パーク」、南国の蝶や昆虫の生態を観察できる世界初のサンクチュアリ「エントピア」など、ペナンの美しい保有財産を存分に楽しめる豊富なアトラクションは、訪れる人々の興味やニーズに必ず合致し、島の滞在を堪能させてくれる。

 ペナンの魅力を世界に発信する大任を拝するペナン州観光局のオイ・チョク・ヤン局長は、「我々の仕事は、世界遺産や大自然を犠牲にすることなく、ペナンのユニークさを保ちつつ、人々の興味関心を惹くことです」と語る。すでに周知されたところだけではなく、島の隅々にまで魅力の詰まったペナンすべてに広く目を向けてもらえるよう、地元の人々とともにアイデアを駆使する。前述のコンテナ・アート・フェスティバルもその一環だ。

 世界を相手に逞(たくま)しく生き抜き、今日に至るペナン。この土地に暮らす人々の誇りが、古き時代と今が交錯するペナンを輝かせている。

 だが、そのペナンが今、コロナ禍によりひっそりと静まり返っている。その夜明け時のような静寂さが街、自然の美しさを一層際立たせおり、まるで島全体が穏やかな充電時間を過ごしているかのようだ。

 一段落したら、ぜひペナンを訪れてはいかがだろう。


<著者プロフィール>渡部明子(ライター、翻訳、医療通訳者。金融機関秘書および人事部、大学研究部門事務、米国小学校インターン教師を経験。立命館大学法学部卒。3人の子どもを日本、アメリカ、マレーシアで育てる)


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