ヒンドゥー教家庭に伝わる女性が主役の儀式”リトゥシュディ”

Updated: Jun 15



 マレーシア人口のおよそ6%を占めるヒンドゥー教徒。この家庭に生まれた女の子が人生の特別な節目を迎えると、親族など親しいコミュニティを挙げて、その子のために重要な儀式を行います。その節目とは、初潮。女性にとって人生でもっとも大切な儀式として受け継がれています。


 2月下旬、あるヒンドゥー一家から筆者に突然、次のようなメッセージが届きました。「娘が初潮を迎えたため、1週間後に自宅でセレモニーを行うこととなりました。貴殿には3番目の水掛けをご担当いただきたく、万象お繰り合わせの上お越しください」。


 当儀式に対して一切知識がなかったため、初潮を迎えた娘さんのためのセレモニーということにまずは驚き、また3番目の水掛けとは?と疑問を持ちつつも「娘さんのセレモニーのため、何かお手伝いを頼まれたのだな」と理解し、静かに当日を待つことにしました。


 かつては親族間での婚姻が一般的だったコミュニティにおいて、当儀式は女児が婚姻対象となったことを親族に伝える役割を果たしていました。


 女児は初潮から5日間学校を休み、家族は、開始日から数えて7日目と14日目に盛大な儀式を行います。主催家族から伺った話と儀式を通し、その理由と意義を紐解いていきましょう。



緊張した面持ちで儀式に臨む


学校を休む理由は


 初潮時に学校を休ませるその理由は、「月経時期は“気”が枯れる、つまりエネルギーが低下すると考えています。初めてとあれば体調の変化に混乱し、対処の仕方もわからないでしょう。これは一生に一度の大切なとき。その子を守り支えるために休ませるのです」と主催家族の人々。学校を休んでいる間は、正しい食習慣、月経時の食べ物などの知識を、母親や祖母らから受け継ぎます。また、「学業に遅れをきたさないよう、勉強もバックアップしますよ」と女児の叔母は胸を張っていました。


祓いの儀と祈願の儀


 儀式は2回にわたって行われます。7日目に行われるのが“祓いの儀”で、14日目が“祈願の儀”。かつては大勢の親族の前で当儀式を行うことで、娘の披露も兼ねていたそうです。


 「月経時はエネルギーの低下に伴い、“魔”に侵されやすいとされるため、まず、これから数十年続く月経時期を無事に過ごせるようお祓いをします。そして、日を改めて、長い人生を健康に過ごせるよう祈願をします」と、集まった女性陣は次々に口々にしていました。


7日目、祓いの儀式


 祓いの儀は、早朝、屋外で行われます。日が昇って間もなく、東の空にはまだ朝焼けの残る中、女児の自宅に到着。そこにはすでに、女児が座る椅子、魔除けの力が強いとされるターメリックで作られたガネーシャ像、お供え物、ミルク、水溶きターメリック、赤い粉、少量のターメリックを加えて大量の花びらを浮かべた湯。これらはすべて、玄関先に用意されていました。



家族がターメリックで作ったガネーシャ像


 色鮮やかな民族衣装と白のスカーフを身に纏い、菩提樹の葉を両手に持った主役が椅子に座ると、女児の父親がココナッツを割り、香を焚いて儀式が始まります。


父親が香を焚いて、儀式がスタート


 祓いの役目を担うのは、9名の成人女性たち。女児家族と付き合いの深い女性親族や友人女性が集められます(筆者もその1人として声がかかり、9名の中で3番目の祓いを担当する役目を仰せつかったということが、その場で判明しました)。



ターメリックと花びらでお清め


 1人ずつ順に、女児の頭に牛乳を垂らし、赤い粉を額に付け、水溶きターメリックで頬と足を清め、足の甲に赤い粉を付けます。その後、同じ9名の女性がやはり1人ずつ、花びらの浮かぶターメリック湯を女児の全身に注ぎ、その日の儀式は終わります。


 さて、当儀式にも用いられる赤い粉、ティラク。これは神の祝福を意味し、ヒンドゥー教では、ティラクを用いない儀式は「不完全」とみなされます。赤は女性神を象徴する色とされ、初潮を迎え神により近い存在となった女性への祝福と敬意を表し、当儀式でティラクが女児に施されます。


14日目、祈願の儀式


 2回目の儀式は午後、屋内で行われます。儀式を担うのは同じく9名の成人女性たち。それぞれの女性が清めの水を降り注ぎ、火をかざし、炊いた穀物の乗った皿を体の周りで3回円を描きます。そして、豆粉で作った5つのパンを右足・右肩・頭・左肩・左足に乗せ、乗せ終わったら1つずつ回収。続いて逆順に同パンを乗せて回収、さらに最初と同様の順で同パンを乗せて回収。次に、10キロを超える砥石で体の周りを3回円を描きます。最後に、家族が編んだ薬草の輪を女児が3回くぐり、すべての儀式が終わります。なお、炊いた穀物、豆粉のパンは鉄分やたんぱく質を多く含む穀物で作られたもの。重量のある砥石は赤ちゃんに見立てられたものとのこと。




赤ちゃんに見立てられた砥石


 一連の儀式を終えた両親はほっとした表情で、「この儀式は今の時代に不要との意見もあります。結婚して赤ちゃんを持つかどうかも本人次第。しかし、今や健康が当たり前という時代ではありません。娘が婦人病などに悩まされず健康でいられるよう、儀式を執り行うことにしました」と語りました。


女性に推奨される食べ物とは


 初潮を迎えた女の子は、雑穀のたかきび、生卵、生姜油を摂取するよう家族から促されます。たかきびは鉄分とたんぱく質が豊富なため、生卵は体力・エネルギーアップのため、生姜油は体を温めるためとのこと。「とりわけ月経期間中は、生卵と生姜油は必ず採って。また、生卵以外はベジタリアンを心がけると次の月経が楽よ。砂糖は経血量を増やすから普段から甘いものは控えること。また、身体を冷やすアイスクリームやかき氷も期間中は採らないように」など多くのアドバイスが飛び交い、野菜嫌いでアイスクリーム大好きな女児は、茫然と天を仰いでいました。



祖母から生卵を勧められる女の子

たかきびのペースト


 今なお世界各地で児童婚の問題は絶えず、当儀式は時代錯誤との意見もあります。しかし、親族の女性は「女性が存在しなければこの世はありません。この儀式は女性の尊厳を示し、女性が主役となれる素晴らしい日です。婚姻対象のお披露目として用いるほうが間違っているのではないでしょうか」と語ります。


 儀式の本質を捉えて意義を見出す両親と女性達が、その子の将来の幸せを願って催行した今回の儀式。主役の女の子は儀式終了後、疲れを見せながらも晴れやかな笑顔を見せていました。(取材・写真、渡部明子)


儀式終了後、両親からの祝福に微笑む






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