ついチップを入れたくなる大学街のカフェ戦略


 スバンジャヤ地区サンウェイは、モナッシュ大学、サンウェイ大学、テイラーズ大学の3校が軒を並べる大学街だ。昨年3月のMCO(移動制限令)発令以降、各大学はオンライン授業実施中のため、この街を歩く学生や教員は目に見えて激減している。以前は学生で賑わっていたレストランやカフェは軒並み閉店。CMCO(条件付きの移動制限令)移行後の今も、街全体はひっそりと静まり返っている。


 そんな中、あるメキシカン・タコスの専門店は例外で、訪れる客の足が途切れることがない。今はとりわけタコスブームというわけではなく、メニューを見ても値段が特段安いわけでもない。辺り一帯で独り勝ちするほどの人気の秘訣は何だろうかと物思いにふけってしまった。


 鍵はチップボックスだ。その店のレジ前に置かれたチップボックスは、このご時世にも関わらず、スタッフが小まめに回収しても、ほどなくチップで溢れるらしい。


 レジに置かれたチップボックスは3つ。それぞれのボックスに「〇〇大学が3校の中で最も良い」と書かれており、チップによる投票が呼びかけられている。このチップ投票が始まって以降、学生や教員が当店を訪れては母校にチップを入れていくようになったらしい。袋詰めした大量のコインを持参する客、10リンギット紙幣を投入する客もいるとか。しかし、これらのチップは決して大学を利するためにあるのではない。それでも人々は、チップを入れるために当店を訪れるという。


 このチップボックスによる成功例は、専門家によると行動経済学分野における「ナッジ理論」で説明がつくらしい。ナッジ理論は、表現や表示を変えることで、人の行動に変化をもたらし、「現代の魔法」とも呼ばれるとか。事故の多い交差点で法定速度を守る車に宝くじを配る実験を実施したところ、走る車の平均速度が22%減(32キロ→25キロ)となるなど、この理論の成果は枚挙にいとまがない。今回のタコス店の例では、強制することなくチップを集金できる上、集客率の向上にも貢献しているようだ。


 ナッジ理論を熟知しているはずの経済学者でさえ当店を訪れては、大量のチップを投入していくという話も小耳にはさんだ。「だって、うちの大学に勝ってほしいから」、だそう。